家族を思う

2025年5月19日

「兄弟が共に住むことは/何という幸せ、何という麗しさ」(詩編133:1)は、確かイスラエルで歌われる歌になっていたように思う。ここでは「兄弟」となっているが、聖書協会共同訳の聖書では、しばしば「きょうだい」と平仮名で訳されている箇所がある。それは、「兄弟」という漢字が、男性を示す漢字だから、女性が混じっている(可能性のある)ときには不適切と判断し、「きょうだい」と平仮名書きにすることにしたのである。画期的な試みではあると思う。
 
ただ、古来言葉は、「兄弟」と書いても、女性を含む意味で使われていることが暗黙の了解だった。もちろん、それは女性をどのように見ていたか、という社会的背景が問われて然るべき問題ではある。英語でも「man」の付く職業名が「person」などと言い換えられるようになったのも、同様の観点によってである。「man」が、「人間一般」を表すことができると同時に、「女性」と区別された「男性」のみを表す場合がある、というところに、女性を人間扱いしなかったような時代の名残を見出すためであるのだろうか。
 
難しい問題だ。ただ、これは聖書を読む上では、確かに役立つ。男兄弟だけを示す場合と、男女とりまぜて記す場合とが、読者としては考える必要がなく、そこに表されているからだ。
 
今日の礼拝は、マルコ伝の連続講解説教の一つとなった。3:31-35が開かれた。「イエスの母ときょうだいたちが来て外に立ち、人をやってイエスを呼ばせた」に始まる箇所である。イエスの周りに座って群衆が、「お母様と兄弟姉妹がたが外であなたを捜しておられます」とイエスに報告する。するとイエスは、「私の母、私のきょうだいとは誰か」と問うた。イエスは群衆を見回すと、「見なさい。ここに私の母、私のきょうだいがいる。神の御心を行う人は誰でも、私の兄弟、姉妹、また母なのだ」と答えた。ここで場面は終わる。
 
説教を通して問うのは、「家族」というものであった。5月の「母の日」のとき、母のいない子のために、「家族の日」と称する教会が現れてきた。そもそもアンナ・ジャービスが、喪った母を記念したことから始まった「母の日」からすると、不要な配慮であるような気がする。運動会で手をつないで皆で一緒にゴールするような様子が頭に浮かぶ。
 
ここでは信仰に関する「家族」の捉え方である。説教者も言及したが、深刻なのは、キリストを信じて教会の礼拝に出席するとき、それが家族で自分ひとり、という場合が少なくないことである。日曜日に家族の中で自分ひとりが教会へ出向く。残された家族は、家族全員で出かけるという機会を逸してしまう。それでいいのか。あるいは、それを負い目に思うということがないのか。
 
以前教会で、そういう立場にある自分のことを告げた人がいた。たぶん、私が家族全員で教会に来ていたため、礼拝に来るのが家族揃ってということが当たり前かと思っているかもしれないけれど、そうでない苦しさというものがあるのだ、と伝えたのだろうと思う。叱責したり自嘲したりするような意味合いではなかったと思うが、私は聞いてズキンとした。
 
また、「家族」というあり方が変化している時代でもある。こども家庭庁の提供するデータによると、「50歳時の未婚割合は、1980年に男性2.60%、女性4.45%であったが、直近の2020年には男性28.25%、女性17.81%に上昇している」とある。ついでに挙げると、「平均初婚年齢は、それぞれ妻が約30歳、夫が約31歳」となっており、「第1子出生時の母の平均年齢は、1985年に26.7歳であったが、2011年には30歳を超え、2022年には30.9歳となっている」という。「妻の平均初婚年齢」は、29.7歳となっているのだ。
 
「結婚」が当然のものであった時代は過去のものである。だからまた、「早く結婚しなさい」が強烈なハラスメントたせとして禁句となっている。ある意味で昔も禁句であるべきだったのかもしれないが、いまさらになってそれに気づかされている私たちである。
 
「結婚」は、社会制度である。法的な扱いが現代では第一であり、法的な問題となれば、それが「男女」に限らず認めるべきである、という考え方が現れるのも、ある意味で当然である。そうなるとますます、かつての「家族」像の標準というものが成立しなくなってくる。昔、その標準に合わずに辛酸を舐めた方々に同条を禁じ得ないし、辛酸を舐めさせたのは、安穏と制度に乗っかった私たちであることを弁えなければならない。
 
いま、伊藤野枝についての本を読んだところだ。それについて詳しく語るつもりはないが、福岡の今宿で生まれ、平塚らいてうを継ぐ形で『青鞜』を司った女性だが、簡単に言ってしまうと「アナキスト」である。好き放題なことを言い、実践し、大杉栄と共に官憲により惨殺された。関東大震災の直後、野枝28歳のときであった。野枝は、特に家族制度に対して反抗の狼煙を上げた。それは権力の奴隷になることだ、と。百年余り以前の女性たちの中には、らいてうもそうだが、鋭い視点をもち、行動に移した女性たちが確かにいたのだ。米騒動も、そうした眼差しで見直さなければなるまい。
 
さて、説教者は、この場面についてよく考えさせる。「群衆がイエスの周りに座っていた」ところへ、「イエスの母ときょうだいたち」がイエスに会いたいとやってきたのだという。座っていたのだ。しかも、それは群衆。特にルカ伝では、この「群衆」に対しては批判的な眼差しを送っているようであるが、私たちもまた、現代の「群衆」が問題を孕んでいることを覚えておかなくてはならないだろう。「民主主義」が大原則となっている社会においては、感情的・思想的にひとつの方向を思いこんでしまった「群衆」が、社会の正義を決定してしまうことになる。プラトンはそうした制度を「愚衆制度」と危険視したが、危険視する姿勢をもつべきであることについては、私も賛意を示したい。
 
いずれにしても、イエスの周りに座っていた人々は、イエスを正に取り巻いていた。座るということは、教師の周りで、その教えを聞くものが耳を澄ませて聞き学ぶ姿勢を意味した。イエスの話を聞きたい、との思いを、私たちは抱いているだろうか。イエスに会いたい、と取り囲もうとしているだろうか。まさか、イエスを出しにして、自分を中心に置き、体よく神を利用するような生き方を、私たちはしていないだろうか。
 
説教者は、そうした姿勢、あるいは次に登場するイエスの身内の姿勢を、「飼い馴らす」という英語の表現を用いて示した。思い出すのは、『星の王子様』である。キツネが王子様に、「飼いならしたものには、いつだって、きみは責任がある。きみは、きみのバラの花に責任がある」と言う。フランス語の「apprivoiser」が英語になると「domesticate」となるのだろうか。私たちは、イエスを飼い馴らすわけにはゆかない。ただ、そこに「責任」が伴うことくらいは、教訓にしておいてよいかもしれない。
 
「お母様と兄弟姉妹がたが外であなたを捜しておられます」と、イエスは聞く。そこにイエスの父ヨセフの姿はない。ヨセフはこの世にいなかったという解釈が一般的である。そのことから、そもそもヨセフは高齢で十代のマリアと結婚したのではないか、などとゴシップの目で見られることもあるという。あまり想像に走らない方がよいかと思う。かといって、ヨセフの生死が分からないというのも不自然かもしれない。そもそもヨセフは、生物学的にはイエスの父親ではない。その意味では、イエスは肉の父親がいなかったのだ。イエスは、標準的な「家族」にいたのではない、と言える。但し、そうなると寡婦としてのマリアの生活がどのようにして成立していたのか、気になってしまう。すでにイエスの「きょうだい」が成人して助けていた、とも考えられるが、まあそれも、下手な想像の範疇に入るものであることは間違いない。
 
イエスは、結婚もしていない。これも、邪推がないわけではないが、ともかくイエスにとって「家族」とは、普通の人間が想定するようなものではなかったとしか言いようがない。また、その母ときょうだいたちとの生活というものにおいて、その「家族」をどのように見ていたのか、それも全く分からない。
 
ただ、その「家族」から見れば、イエスは何であったか、それを説教者は想像した。「わが主」と呼ぶことはなかったのだろう、と。だから、激しい宗教活動を展開するよりは、ふだんからなじんでいる形のイエスであってほしかったのではないか。
 
錯綜するのは、やはりイエスと父との関係である。ヨハネ伝に顕著だが、イエスは神を父と呼び、父なる神と自分との関係を非常に重視する。他の福音書でも、「父よ」という視点を崩しているようにはとても見えない。まことの父は、神ひとりである。このときの「父」とは、果たして私たちが肉親の「父」を呼ぶのと、類比しているのだろうか。しかし、カール・バルトの言葉を引きながら、そこには完全にレベルの異なる違いがあると告げる。
 
「周りに座っている人々を見回して言われた」ことも、情況を示すものとして重要である。見回したのである。一人ひとりの心を知った上で、一人ひとりがイエスにどのように応じるのかを問いかけるかのように、見回したのではないだろうか。
 
最後に説教者が話題にしたのは、「神の御心を行う人」だった。それこそが、イエスの「兄弟、姉妹、また母」なのであるというのだ。それはどういうことか。ここからは、イエスの十字架を中心として、二つの見方を展開する。説教者の言葉ではなく、私の理解で軽く触れることにすると、一つには、イエスに従いイエスに倣うことを完遂するよう努めることが御心を行うことなのか。あるいは、やがて裏切る者たちへと変貌するような群衆のことさえも、ひたすらに隣人として愛するところに神の御心を行う道を見出すべきなのか。もちろん、後者がイエスの伝えたいことであったことだろう。
 
面白かったのは、この群衆がいったいどこにいたのか、ということの指摘であった。「イエスが家に帰られると、群衆がまた集まって来て、一同は食事をする暇もないほどであった」(3:20)という。その上で、「イエスの母ときょうだいたちが来て外に立ち、人をやってイエスを呼ばせた」のである。この「外」というのが具体的にどういうものを表すのかは判然としないが、群衆はなんらかの形で家の「中」にいたことは間違いない。
 
説教者はここに、その家には壁がなかった、という霊的な意味を告げた。群衆が入る家というよりも、イエスの「家」には、群衆が入るのである。だから、せせこましい壁かあるはずがない、と理解する。敵ともなる群衆をイエスは「家」に入れた。それはいま挙げた御心を行うこととして、イエスが自ら実践したことである。他方、私たちはイエスを壁の中に閉じ込めて、隔ての壁をつくってしまうことは、福音に生きることとは正反対となる。イエスは、私を通じて外に現れてほしい。私が失敗しても、だらしなくても、それでも私が生きることの中に、イエスが現れてその愛が何かしら誰かに伝わるようであってほしい。
 
「家族」という言葉は、漢語由来のようである。そこには、漢字からして、血統のようなものが潜んでいるようにも思う。簡略的に「家」と呼ぶこともある。「家系」というような概念が結びつくかもしれないし、時にそれは建物そのものを指す。他方、「家庭」はどうだろうか。「家庭」はひとつの「場」であろうか。「大和ハウス」と「タマホーム」というように、家の建築業者の場合、建物としての「家」の「ハウス」と、生活の場としての「家庭」の「ホーム」と、両方のネーミングがある。
 
果たして、「教会」が前者としてのみ認識されている教会と、後者の意味を中核とする教会とを峻別するとすれば、あなたの「教会」は、どちらだと言えるだろうか。一応確認するが、その真ん中に、主イエスがいてくださっているだろうか。



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