【メッセージ】死と再生の物語
2025年5月11日

(ルカ15:11-32, 詩編25:8-9)
食べて祝おう。この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ。(ルカ15:23-24)
◆ハイジ
「ハイジ」と聞くと、多くの日本人は、「アルプスの少女ハイジ」というふうに補って頭の中で再生されるのではないかと思います。私も最初はそうでした。もちろん、元々の小説は「ハイジ」とシンプルなもので、続編もあります。スイスで19世紀に活躍したヨハンナ・シュピリの作品です。
日本では子ども向けのアニメとして1974年に放映され、あまりにも有名になりました。しかしそれが原作の雰囲気を全く変えてしまったことには、私も当時は知りませんでした。いまとなれば、この改変は、かなり奇妙であるように思います。
頑固もののアルムじいさんは、心を閉ざし、村人との交わりから遠ざかっていた。そこへ預けられるようになったアーデルハイド(ハイジ)が、アルムじいさんの心は次第に溶けてゆく。いろいろな過程があるが、ハイジは聖書物語と出会い、文字の読み書きができるようになる。目の見えないペーターのお祖母さんに賛美歌を歌って聞かせたり、アルムじいさんに放蕩息子の物語を読み聞かせたりする。この物語がじいさんの心を回心させ、じいさんは教会に戻り、村人と和解し、交わりを回復した。
アニメでは、クララの脚のことがクライマックスでした。物語はそのとき、ペーターの意地悪事件があったことを知らせますが、アニメにはありません。確かにクララが歩いたことは大きな出来事でしたが、物語のハイライトとしては、やはりアルムじいさんの回心以上のものではないように見えます。
しかし、アニメでは、この場面がないし、あらゆる宗教色が徹底的に排除されています。どういう理由があろうと、原作の本筋を完全に蔑ろにしていると言わざるを得ません。原作を読んでからは、あのアニメは実に奇妙なものだったのだ、ということが分かりました。
◆死と再生の物語
村人からも、神からも離れていたアルムじいさん。人間社会から見れば、無視できる存在でした。19世紀の田舎に於ける情況を考えると、じいさんは死んだも同然だったことでしょう。本人も、人々からも神からも断絶していたら、生きているという実感や喜びがなくなっていたのではないかと思います。それが、ハイジとの出会いにより、そしてハイジの読んだ、新約聖書の放蕩息子の物語が自分のことだと分かったことで、人々との交わり、教会生活へと生き返ることができました。
ここに、「死と再生の物語」があります。ハイジも、慣れない環境に置かれ、夢遊病やホームシックを患いますが、賛美歌や聖書を通して、その傷が再生されてゆくのです。これは「ハイジ」に限りません。そうした物語が、西洋には実に多いのです。
犠牲となって死に、復活する。こうした構造の物語に絞っても、私には直ちに『ライオンと魔女』が思い浮かんできますが、その物語をいま追うことは止めます。ただ、この作者C・S・ルイス自身は、キリスト教の信徒伝道者でもあり、神学論文もいろいろ書いています。当然、イエス・キリストの復活を、アスランというライオンを通して象徴的に描いた、ということになります。
死と再生の物語。それは、世界各地に於いて、神話という形でもたくさん見出されます。神話でなくても、たとえばバンジージャンプは、部族の男が成人するための「通過儀礼」であった、とも言われています。そこには、一度殆ど死を経験することで、大人という命を得る、というような見方を重ねることができるかもしれません。
しかしやはり何といっても、イエス・キリストの十字架と復活、これに勝る「死と再生の物語」はありません。イエスは殺されます。しかし、死んで終わりではなかった、というのが新約聖書の証言です。自分から復活したのではなく、神がイエスを復活させた。聖書は注意深く、そう読み取れるように記しています。
ラザロという、イエスに親しい男がについて、死んでしまったけれども、イエスが生き返らせた、という物語も新約聖書にはあります。但し、それはイエスの復活のひとつのモデルではあっても、聖書が告げる復活そのものではありませんでした。確かに、ラザロは、一度死に、墓に納められていましたが、生き返りました。けれども、やがてまた死ななければならない運命にあったはずです。
それに対して、復活のキリストは、もう二度と死ぬことはありません。人となった神として、キリストは殺されてしまいますが、復活させられます。そうして、このイエスの業を信じる者には、永遠の命を与える、というのが聖書の救いの一筋の道です。キリスト教は、こういうニュースを約束として提供します。復活の命の約束がある。ここに、キリスト教の強みがある、と言うこともできるでしょう。
◆語り尽くされたたとえ
今日は、ルカ伝15章を開きました。その途中からをメインとしますが、この15章にははっきりとした特徴があります。三つの「たとえ」が連続して載っているのですが、その三つには、共通したテーマがあることが分かります。なくなったものが見出される、ということです。
もちろんそこには、新約聖書ならではの意味や意図がこめられているはずですが、いま私たちが見ている「死と再生の物語」という風景の中にも、これは見ることができるのではないかと思います。見失ったもの、それが死んだものだとすると、それを見出すことは、生き返ること、再生されるということを意味するものと理解することができるかもしれないからです。
それには、シチュエーションというものがありました。「徴税人や罪人」(15:1)がイエスに近づいてきていたのです。それを見て、「ファリサイ派の人々や律法学者たち」(15:2)が文句を言うのです。「罪人」というのが具体的にどのような人々を指していたのか、は定かでないのですが、要するに律法を守ることのできない人、神の律法に従わない人であって、律法のエリートたちが、近づくことも汚らわしいような者たちと見なしていたような人々だったのでしょう。
イエスはユダヤ教の教師のような顔をして教えを宣べていると見られましたから、律法の劣等生と親しくする、というのは相応しくないことだ、という常識を、彼らはもっていました。「そこで、イエスは次のたとえを話された」(15:3)のです。この情況でこそ語られたたとえであることを、絶対に視野から外すことはできません。
まずは、見失われた羊の話でした。百匹のうちの一匹を見失った人は、その一匹を見つけ出すまで捜し歩くはずだ、というのです。そして友達や近所の人々を呼び集めて共に喜ぶだろうと言い、その話を、こう締め括ります。
言っておくが、このように、一人の罪人が悔い改めるなら、悔い改める必要のない九十九人の正しい人にまさる喜びが天にある。(15:7)
次は、銀貨を見つけ出す話です。一日分の労賃に当たろうかという銀貨を十枚持っていたのは女でした。一枚を無くしたために、懸命に捜すわけです。すると女友達や近所の女たちを呼び集めて共に喜ぶだろうと言い、その話を、こう結びます。
言っておくが、このように、一人の罪人が悔い改めるなら、神の天使たちの間に喜びがある。(15:10)
そうして、次に繰り出されるのが、この長いたとえ、いわゆる「放蕩息子のたとえ」です。新共同訳からは聖書協会の聖書は、いわゆる「見出し」を親切に付け加えているのですが、最初は確かに「放蕩息子のたとえ」でした。しかし、新しい聖書協会共同訳に於いては、「いなくなった息子のたとえ」というように言葉を換えました。「放蕩」という言葉が使われなくなってきたことを反映しているのか、ソフトな響きにしたかったのか、真意は分かりません。ただ、直前の「見失った羊」「無くした銀貨」に揃える形にはなっています。今度は「息子」がいなくなったのです。
アルムじいさんがこの物語で回心したから、というわけではありませんが、このたとえ話は、もう伝道集会の定番になっています。ある牧師は、だからありふれた話で終わらないように苦労する、と言いました。かと思うと、取り上げる度に同じことを判で押したように繰り返して話す人もいます。定番の十八番と思っているのでしょうか。
父親と、家を出て行く息子の弟、これがメインですが、兄の方が最後に登場して、ちょっと意外な展開をなします。それが誰を表しているのか、は明確なのですが、さて、このたとえの主眼がどこにあるのか、それは解釈が分かれるところです。従って、これは単にいなくなった息子を見出すことで終わりはしない、奥深さを秘めている、と見ることもできるでしょう。
本当は、人の数だけ、物語というものがあってよいのです。それどころか、この物語を批評するような態度ではなく、心に痛く刺さってくる思いに襲われた人がいるのではないかと推測します。いえ、そうあってほしいと願います。キリスト者にとっては、それが思い出の中であってもよいかと思いますが、きっとそのような経験があるはずです。聖書のたとえは基本的にそうなのですが、これは特に、話を聞く人を巻き込むたとえです。
◆いなくなった息子のたとえ
ご存じの方が多いかもしれませんが、このたとえについて、物語を一度辿ろうと思います。予め申しておきますが、辿る中で、何か新しい光が射すのであれば、もう私の語りなど、その方には不要です。その新しい光、新しい声を、今日の恵みとして受け止めてください。それで十分です。それが、あなたの今日の礼拝となるでしょう。
11:また、イエスは言われた。「ある人に息子が二人いた。
12:弟のほうが父親に、『お父さん、私に財産の分け前をください』と言った。それで、父親は二人に身代を分けてやった。
13:何日もたたないうちに、弟は何もかもまとめて遠い国に旅立ち、そこで身を持ち崩して財産を無駄遣いしてしまった。
14:何もかも使い果たしたとき、その地方にひどい飢饉が起こって、彼は食べるにも困り始めた。
15:それで、その地方に住む裕福な人のところへ身を寄せたところ、その人は彼を畑にやって、豚の世話をさせた。
16:彼は、豚の食べるいなご豆で腹を満たしたいほどであったが、食べ物をくれる人は誰もいなかった。
17:そこで、彼は我に返って言った。『父のところには、あんなに大勢の雇い人がいて、有り余るほどのパンがあるのに、私はここで飢え死にしそうだ。
18:ここをたち、父のところに行って言おう。「お父さん、私は天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。
19:もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください。」』
20:そこで、彼はそこをたち、父親のもとに行った。ところが、まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した。
21:息子は言った。『お父さん、私は天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。』
22:しかし、父親は僕たちに言った。『急いで、いちばん良い衣を持って来て、この子に着せ、手に指輪をはめてやり、足には履物を履かせなさい。
23:それから、肥えた子牛を引いて来て屠りなさい。食べて祝おう。
24:この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ。』そして、祝宴を始めた。
25:ところで、兄のほうは畑にいたが、家の近くに来ると、音楽や踊りの音が聞こえてきた。
26:そこで、僕の一人を呼んで、これは一体何事かと尋ねた。
27:僕は言った。『弟さんが帰って来られました。無事な姿で迎えたというので、お父上が肥えた子牛を屠られたのです。』
28:兄は怒って家に入ろうとはせず、父親が出て来てなだめた。
29:しかし、兄は父親に言った。『このとおり、私は何年もお父さんに仕えています。言いつけに背いたことは一度もありません。それなのに、私が友達と宴会をするために、子山羊一匹すらくれなかったではありませんか。
30:ところが、あなたのあの息子が、娼婦どもと一緒にあなたの身代を食い潰して帰って来ると、肥えた子牛を屠っておやりになる。』
31:すると、父親は言った。『子よ、お前はいつも私と一緒にいる。私のものは全部お前のものだ。
32:だが、お前のあの弟は死んでいたのに生き返った。いなくなっていたのに見つかったのだ。喜び祝うのは当然ではないか。』」
これに添えると、私の解釈を押しつけることになるかもしれませんが、詩編の言葉を、私は重ねて響かせることにしました。
主は恵み深く、正しい。/それゆえに、罪人に道を示す。
主は苦しむ人を公正に導き/苦しむ人に道を教える。(詩編25:8-9)
◆たとえの解釈
ここからは、蛇足としてお聞きください。あなたに与えられた光を妨げることがないように、と願いつつ語ります。
これは確かに「たとえ」と見てよいでしょう。「たとえ」では、見かけのキャラクターや出来事が、何か別の本質的なことを指していることになります。ここで、父親が神に該当することは、疑いがないでしょう。では、二人の息子は誰を指しているのでしょうか。
これら一連の三つのたとえを話した場面にいたのは誰だったか。「徴税人や罪人が皆」(1)イエスに近寄って来たのでした。それに対して、「ファリサイ派の人々や律法学者たち」(2)がイエスに文句を言いました。これが、イエスの言葉を誘った場面を説明します。こうした人々を登場させているとすると、明らかに後者を兄と見立てています。自らを罪人と意識している者たちは、自分を弟だと見なしたことでしょう。物語の兄弟は、イエスの前にいるその姿を示しているように考えられます。
「罪人」との自覚もあったでしょうが、それは多分に、ファリサイ派のような側から貼られたレッテルであったように思われます。社会の中で、陽の当たる道を歩くことができず、日陰者で暮らさなければなりません。表立って自己主張をすることができず、何かを言う権利も与えられません。律法の支配する社会で、苦しんでいたに違いありません。
殊更に悪事を働いたが故ではないのです。律法を守ることができない、あるいはそれに違犯した、だから「罪人」呼ばわりされるわけです。このたとえの弟にしても、大きな犯罪に手を染めたようには思えません。父親の生前に財産分与を願うなど、非常識なことをやりますが、父親が許している以上、家庭内の問題です。刑事事件に抵触するわけではないと思われます。
父との関係から逃れるように家を出た弟は、その後自己責任で生きていかねばならなくなり、その結果、社会的に不幸な目に遭うようになりました。助けてくれ。縋りたい父親とは、関係が切れています。しかも、自分から関係を断ったのです。自分が律法を破ったのですが、いまは律法のつながりのあったはずの父を求めている、と捉えることができるかもしれません。さあいまから律法を守ろう、という意気込みがあったようには思えず、律法を超越して、生きるためには、とにかく助けてほしい、という叫びがそこにありました。
この父が神であるのがはっきりしているのなら、罪人が神に帰りたい、その構図がここにあります。但し、立ち帰る術がありません。律法を守らねば帰れない、という負い目があるけれども、いまさらそれもできやしません。謝罪の言葉を準備しながらとぼとぼと帰還する弟でしたが、父はそれを遠くから見つけました。そして駆け寄ります。謝罪の言葉も最後まで言わせることなく、父親が抱きしめ、息子を迎え入れ、優遇します。ここに私は、イエスが人々の中に入って行った姿が重なって見えてくるのですが、次の視点に移りましょう。
他方、このことを知った兄は、不満たらたらでした。気持ちはよく分かります。真面目に父に従い通したつもりの自分と、金を持ち逃げしてそれを使い果たして戻って来た弟との対比。そしてその弟に、自分に対してしてくれたことのないような歓迎ぶりを示す父の姿。これを不公平と呼ばずに何と呼べばよいでしょう。
さて、ここで問いかけてみます。この「たとえ」の中心にいるのは、誰なのでしょう。もちろん神である父親だ、というのが普通の観点です。神が待っている、という様子が物語の核心にあるのは確かです。けれども、あなたはそうは感じなかったのではありませんか。孤独で救いようのなかった自分が神に拾われたことを知るキリスト者は、きっと弟を主役に見ていたことと思います。それとも、自分は兄だ、とひしひしと感じた人が、もしかするといるでしょうか。
◆死んで生かされる者
イエスは、福音書の中で、こうしたファリサイ派の人々や律法学者を、徹底的に糾弾します。十把一絡げに非難するのではありませんが、概ね、そうした立場を敵に回して論じます。そんなにしつこく敵視しなくても、と思わなくもないのですが、福音書だけを見ると、ファリサイ派などは悪の権化であるかのように見えて仕方がありません。
けれどもこのたとえの中で、神としての父は、この兄に対して、厳しく裁くような言い方を少しもしていません。諭すようには言っていますが、不満たらたらの兄を、宥めようと努めているのが明らかです。兄もまた、父にとっては息子なのです。こう言ってよいのかどうか分かりませんが、兄に対しても、悔い改めの機会を与えている、と見ることができるのではないでしょうか。
兄はどうしていたか。仕事から帰ると、祝宴の騒ぎが聞こえる。使用人、つまり奴隷に聞けば、弟が戻ってきたのだという。そこで最高のご馳走が振舞われているのだと聞く。兄は怒る。当然です。家に入ろうともしません。これに気づいた父親が、「出て来てなだめた」といいます。律法を守り通してきた兄です。それを非難はしません。妬んだような態度を示す兄を、叱責しているのでもありません。父はただ、弟が帰ってきたことを、「喜び祝うのはあたりまえではないか」と評して、このたとえは終わります。それに対して兄がどのような反応を示したか、その後どうなったか、それをイエスは明言しませんでした。
ここから兄はどうなるのか。イエスは決めなかったのです。ファリサイ派や律法学者たちを、忌まわしいと呼ばわっておきながらも、その人そのものを滅ぼそうとはしなかったのではないでしょうか。だとすると、問題はその人間にあるのではなくなります。ファリサイ派の人が福音に反するのではなく、ファリサイ派であることがまずいわけです。
そうなると、いまはイエスの弟子のような顔をしている者でも、いつファリサイ派にならないとも限らない、ということになります。
そうなると……少しややこしい話を展開することになりますが、この兄もまた、弟のようになり得ることにならないでしょうか。いつでも立場は逆転する。拗ねた兄が家を出て行って放蕩に走ったとしても、この父は、再び兄が帰ってくるのを待っていることでしょう。
弟が生き返ったのではなく、兄でもよかった。だれても、父なる神に頭を垂れて還ってゆくならば、生き返るのです。そのようにして生き返るのが、弟として描かれているに過ぎません。逆なのです。ここには、自分に死んで、神に還ろうとした人が描かれているのであり、それを弟と呼んでいるのではないか、と私は感じました。
ファリサイ派として暮らしていた人が悪い、などという構図をここに見たら、たちまち傲慢になるでしょう。私は教会に通っているからこの弟なのだ、と考えてしまった瞬間、その人は兄になってしまうのです。立場や地位、見かけの姿が問題なのではありません。誰でも、「罪に死に、恵みに生かされる」ところに、命が与えられます。祝福が与えられます。神が、迎えに駈け寄ってきてくださるのです。
◆母の日
今日は5月の第二日曜日ですから、最後に、「母の日」に言及しておこうと思います。世界各地では、それぞれの母の日が制定されているといいますが、日本の教会は、概ねこのアメリカ流の母の日をほぼ受け容れてきたため、ここでもそれに従うこととします。
とはいえ、母親がいない家庭や、母親との関係がよくない家庭のことを鑑み、近年では「家族の日」というように名前を替えている教会もあるようです。
アメリカの母の日については、アンナ・ジャービスという女性にそれが由来する、ということがよく知られています。私も幾度か綴ってきたため、いまここでその出来事について詳述することは控えようと思います。
アンナが母を慕う集いを教会で開いたことが人々に伝わり、母を覚える日の制定へとアメリカ全土が動いたということですが、このアンナ自身が、後に母の日にたいへん強く反対した、ということにだけ、触れておきます。それが商業主義に走り、アンナ自身の素朴な母への思いがどこかに消されてしまったことが、そのきっかけのようです。
クリスマスは、キリストの降誕という、キリスト者にとりかけがえのない出来事を覚える機会でしたが、それも、いまやすっかり別のお祭りになり、日本では、せいぜいサンタクロースの名前が出てくる程度になってしまいました。大正時代の頃にも、そういう大きなブームがあったそうですが、こうした歴史を知るクリスチャンたちもまた、いまクリスマスの時期に「メリー・クリスマス」と祝宴や隠し芸大会をするようになっています。
イースターは、商業的にはクリスマスほどの賑わいを見せないにしても、商魂たくましい企業のビジネスチャンスとばかりに、そこそこの認知を得るようになってきました。それは同時に、信仰とは無関係に見られる場面が増えている、ということをも意味します。
かろうじてペンテコステだけは、商業とは無縁であり、いまなお世間ではマイナーに留まっていますが、同時にそれは、教会でも極めて地味に扱われている、ということと並行しているようにも見えます。
母の日を否むつもりはありません。ただ、アンナ・ジャービスの抗議については、もっと光を当てて然るべきだと考えます。そして、「母の日」が必要かどうかは別として、「父と母を敬え」を篤く思う機会が、気持ちよく生き返ることを願います。降誕祭も復活祭も、もしかすると教会の信仰も、死んでいたのが生き返るようになるならば、それが一番の望むところであるからです。