橋を架けるために

2025年4月28日

礼拝で開かれた聖書箇所は、マルコ伝の3章。ガリラヤ湖でおびただしい群衆に押し潰されそうになったイエスが、小舟を求めたのだった。イエスは多くの人を癒やしたため、どっと押し寄せてきていたが、その都度汚れた霊たちは、イエスに「あなたは神の子だ」と叫ぶが、それを言いふらさないように、と戒めたという。さらに、場面は変わるが、イエスは山に登り、十二人を任命して「使徒」と名付けたというところを一度に読み通す。ここで、十二人の名前が列挙される。
 
教会暦としては、春の復活を祝った翌週である。マルコ伝の連続講解説教は保ったわけで、私たちは春風の中を歩いている。マルコ伝は、何度でもイエスと共なる旅に戻って構わないだろう。復活のイエスと共に、イエスの宣教の旅に同行しようではないか。
 
それは正に「群衆」であったようだ。イエスの評判を聞き、「病苦に悩む人たち」が集まってきた。当然、その介護者や世話をするような人も付き添っているだろう。「おびただしい群衆」が来た、と二つの節で続けて指摘されている(3,7,8)。
 
説教は前半で、この「おびただしい」という言葉にしばし留まるような形で、その場面を聞く者に思い描かせた。とにかく人が多かった。
 
確かに、癒やしてほしい、という願いは必死なものであっただろう。近代医学でもなく、ときに祈祷しかできないようなこともあっただろうか。古代ギリシアにても、また古代エジプトでも、それ相応の医学はあったが、イスラエルではどうだっただろうか。聖書の記述がすべてではないだろうが、あまり頼りない医療技術だったように見える。医者という存在も、血に触れるなど、卑しい仕事だとされていたのかもしれないし、だとすると奴隷級の人間の仕事だった可能性もある。
 
医者にかかったからと言って、治癒率が高かったのではないとすると、イエスの癒やしには、これはもう猛烈な期待がかかるわけだ。癒やす主という理想像を神の言葉として受けた文化の中にいる人々は、これは神が遣わした方だ、と思うのも当然とも言える。
 
このことが、イエスを憎々しく思う当局に手出しをさせなかったのであろう。説教者はそうした見解を示しながらも、陰ではイエスの命を密かに狙う者たちの様子も指摘することを怠らなかった。
 
結局弟子たちが小舟を用意したとか、イエスは舟に乗ったとかいうようには書かれておらず、多くの人を癒やしたとあるので、とこかやむをえず癒やし続けたのかもしれない。その上で、悪霊どもに、無闇に言い広めないようにと戒めた、という、私たちからすればどういうことかしらと訝しく思うような記事をここに置くことになったのだろうか。
 
説教者が強調したのは、この「おびただしい群衆」に「押し潰されないよう」に、イエスが弟子たちの小舟を用意させた、という点だった。また、その理由を付け加えての記述に、病苦に悩む人たちが皆、イエスに触れようとして、「押し寄せてきた」とある点だった。
 
人々は、イエスの話を聞こうとしたのではなかった。イエスの言葉を求めたのではなかった。むしろ、「イエスに触れようとして」来たのだ。触れれば癒やされる、という信仰そのものが悪いという公式はない。それが褒められた事例もある。ただ、いまここでは、本当に神の言葉、神の内にあるものを受けようとしたのではなかった。触れば癒やされる。自分の内にある思いを実現させようとしただけだ。神はこうしてくださるに違いない、という見通しは信仰かもしれないが、それよりもなお、その自分の信仰の方を優先させてしまったのだった。
 
このとき、安息あるいは平安というものは、自分の内に求めていただけである、と言えるかもしれない。私たちに、そういうことがないか、よくよく見つめなければならないことを教えられる。
 
さて、続いてイエスは「これと思う人々を呼び寄せ」た。群衆は「押し寄せた」が、イエスは必要があるときに弟子たちを「呼び寄せ」た。「これと思う」とは面白い訳だが、「イエス自ら望んだ者たち」というあたりが、まずは無難な訳であろう。
 
「神の望みのままに」というような表現が聖書にあっても、私たちはふだん読み飛ばしてしまいやすい。神に選択権や決定権がある、という点は、改めて取り出して考えないと、あまり意識しないものである。私たちは「どうして神は」と問うことがあるが、それはこの「望むまま」という点を蔑ろにしているからだと言えよう。
 
もし「山」というのが大袈裟なら、これは「丘」のようなものと想像してもよいだろうと思う。イスラエルの神は「山の神」だと見なされたことがあるほどに、「山」という扱いは神についての重要なポイントとなる。しかし、それは日本人が思う「山」とは恐らく異なるだろう。そこにイエスが望むままに集めたのは、文脈からすると12人であったと思われる。いわゆる「十二使徒」のことであり、ここに確かに「使徒」と名付けた。
 
「使徒」という言葉は、「新世紀エヴァンゲリオン」以来、人類に敵対する宇宙生命体という規定で認識されているかもしれないが、できればそういう方々には、一度でも聖書に直に触れてほしいものだ。この語は、「送り出す」「遣わす」というような意味の強い言葉である。少し似たところに、「天使」という語がある。こちらは「伝える」意味合いが強い。「メッセンジャー」という英語がよく似合う。しかし、天使にしても神から送られるのであるから、イエスによって送られる使徒もまた、その位置にしても、役割についても、似ていないこともない。私は、キリスト者はまた、天使の職務を帯びていてよいのではないかと考える。日本語であっても、「天使」も「使徒」も、「使」の字が使われているのである。
 
さて、説教者はこの使徒の選抜において、「教会のはじまり」という事態を宣言した。そして、先週亡くなった、フランシスコ教皇のメッセージに触れた。死の前日が2025年の復活祭であったが、そのときに、代読という形ではあったが、教皇からのメッセージが全世界に向けて告げられたのである。
 
前日、「教皇フランシスコ葬儀ミサ」が行われた。教皇より年上の枢機卿がその説教を担った。説教者は、そこから一部を読み上げた。「教皇は何度も「壁を作るのではなく、橋を架けること」を呼びかけました。そして、ペトロの後継者としての信仰への奉仕は、あらゆる次元における人類への奉仕と常に結びついていました。」
 
政治的な力をももつカトリックのトップらの発言は、たんなる宗教的なメッセージでは済まない影響力をもつ。確かに、教皇は、世界の「分断」を憂えていたに違いない。隔ての壁をイエスの救いが壊したように、人間がこしらえた見えない壁をますます造るのではなくて、橋を架ける、というメタファーによって、これから人類がしなければならないことを繰り返し示していただろう。
 
新渡戸稲造は「願わくは我太平洋の橋とならん」と志を述べたという。柳田邦男の小説『マリコ』は、日米の架け橋としての人生を描いたものだった。サイモンとガーファンクルの「明日に架ける橋」は、原題もそれに近い表現であり、その象徴的な表現が、いまや半ば神の歌、ゴスペルのひとつと見なされるに至っている。
 
驚くことに、聖書には「橋」という語が登場しない。わずかに旧約聖書に一箇所、「危ない橋を渡る」という表現が新共同訳聖書にあるだけである。これが日本人には、その水資源の故であろう、「橋」というメタファーが実に効果的に響いてくる。
 
だがいまはそれを措いて、説教者は、教会というものそのものに目を注ぐように促した。キリスト教会なるものが、壁を自ら造っていないか、問うのである。
 
ここからは、私個人の見解である。教会がその扉を閉ざし、社会に対して閉鎖してはいないか。新しい人に来てほしいなどと祈っておきながら、実のところ来れば厭わしく思ったり、できればいまの仲良し倶楽部のメンバーのままで過ごしたいと思ったりしていないか、胸に手を当てて考える必要があるのではないか。どうせ無理だなどという思いから、ついには伝道するということをしなくなっているのではないか。教会予算が足りなければ、まず伝道費から削る、というような考えがまかり通っていないだろうか。
 
説教者は、教会が、外から重荷を与えてもらうことをむしろ求め、感謝しなければならない、というような方向を示した。それは、メンタルに問題をもつ人の相談を受ける、という重荷をもつ教会員の証しに関するところから展開した考えであった。そう、教会に対して悩みを打ち明ける人がいるということは、ありがたいことなのだ。教会に「信頼」を寄せている証拠でもあるからだ。
 
牧会心理学というものがある。神学校によっては、そのようなものを欠くところもあるという。なにも神学校がすべてではないし、科目にあろうがなかろうが、自覚をもって取り組む人が、人の心を重んじるあり方を学ぶことには多いに敬意を表する。だが、心理学も必要ないから知ることがなく、神学校さえ出ていればどんな人間でもいい、というようなことが現実にまかり通っている牧師不足の現状を、私は激しく憂えるのである。
 
説教者は、この使徒の選抜について、「12人から新たに教会を始めようとした」という言い方をした。この表現は鋭かった。12の部族から始まったイスラエルの民というのが旧約聖書の基盤であり、イエスというメシアの登場も、その延長にあるはずのものであった。だとすれば、イスラエルが始まった例に倣って、この12人の使徒が定められたことは、「新しいイスラエル」の始まりである、と認識してよいものだと思えるのだ。
 
イエスが押しつぶされそうになるほどに、おびただしい群衆が押し寄せてきた。これに対して、教会が形成された。そのようなおびただしい群衆が教会に、イエスの許に集まるようにと、使徒たちが遣わされるのであろう。私たちは、そのためにここにいる。
 
だが、説教者は懸念する。意図せずにイエスを押し潰そうと集まった、熱狂的なおびただしい群衆は、やがて別の意味で、意図的にイエスを押し潰したのだ。確かにマルコ伝は、その十字架から復活をにおわせるような形で幕を閉じ、再びイエスと共なる旅へと導くものではあった。十字架なくしては復活もなかった。だが、事はそう単純ではない。私たちは、見た目の熱狂や、信仰ごっこの背後にあるものを、見抜かねばならない。
 
説教者も指摘していた。人々は、病んでいる。傷ついている。イエスは、病み、傷ついた人々を癒やし続けた。しかしそのときに大切なのは、現象としての癒やしでは終わらなかった。神の言葉が、人の肉体だけではなく、全身全霊ひとりのすべてを癒やすこと、すなわち「救うこと」へと導いたのだ。このイエスは、復活して、いまも生きている。このイエスに遣わされたキリスト者は、イエスの言葉を、神の言葉として語り告げなければならない。それも教義的にではない。イエスに与えられた愛がそこに働くことを、切に祈ろう。
 
イエス「のことを言い触らさないように」と、汚れた霊どもをイエスは戒めた。私はこの戒めを、「主の名をみだりに唱えてはならない」とつないで、いま聞いておこうかと思う。イエスを真実に伝えるということはどういうことか、上よりの知恵を戴こうと思う。
 
先のフランシスコ教皇の復活祭のメッセージの中からも、説教者は終わりに引用して語った。その中で、復活のイエスのメッセージとして、最も力強いように思われるところを、最後に私も引用させて戴こうと思う。たとえばこのような力ある言葉を、メッセージできたら、と願う。
 
――愛は憎しみに打ち勝ちました。光は闇に打ち勝ちました。真理は偽りに打ち勝ちました。ゆるしは復讐に打ち勝ちました。悪はわたしたちの歴史から消えていません。悪は最後までとどまります。しかし、悪はもはや支配していません。悪は、今日の恵みを受け入れた人々には力をもちません。……イエスの復活は希望の基盤です。



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