復活のコラージュ

2025年4月21日

2025年の復活祭である。春の満月を基準に、キリスト教会が定めた暦による。ユダヤ教でいえば、この頃は「ペサハ」と呼ばれる祭りの頃で、私たちは「過越祭」と呼んでいる。この過越祭のときに、イエスは十字架に架けられた。そして、復活した。その復活を記念する、キリスト教の祝祭の礼拝が、復活祭である。
 
「イースター」という呼称に対して、私はどうしても違和感を覚える。聖書とは別の神話の女神の名に由来する、と考えられているからだ。そうなると、「よみがえり」という日本語も、使いづらくなってくる。「黄泉」は日本神話の言葉であり、イザナギ・イザナミが黄泉平坂(よもつひらさか)が頭に「よみがえる」からである。日本語には、仏教由来の日常語が宗教色なしに感じられて使われているために、妙にこだわり始めると何も言えなくなってしまいそうだが、私の中では、どうして気持ちよく「イースター」という語が使えないのは本当だ。もちろん、他のクリスチャンがそれを使うからと言って、それについてどうだと考えるようなつもりは全くない。自分の中での問題であるだけだ。
 
韓国出身の方の説教により、取り上げられたのはルカ24:1-12。説教で強調された点を拾いながら、幾つかの柱を際立たせるような形で、レスポンスしていこうと思う。
 
まず、死は終わりではない、ということだった。安息日が終わるのは日没であるが、活動は夜が明けてからとなる。女たちがイエスの墓を訪ねる。ルカでは、香料を携えていたという。そこで見た光景は、転がされていた石と、イエスの遺体のない墓だった。墓は、大きな石を転がして蓋をしておくのだというが、それは、生の世界と死の世界とを断絶するものであった。閉ざされたところに、死があり、闇がある。しかし、いまやその石が塞ぐこともなく、むしろそこからは、新しい道の始まりが備えられていた。
 
説教者は自らの生い立ちを珍しく語った。と言っても、詳細にあれこれ語るわけではない。ただ、父親の死と、復活祭の恵みと、悲しいところから再び歩き出すことが、証しされたのである。
 
次に、この復活は、いま私たちに起こる出来事でもある、という点を挙げる。絶望が希望へと転ずる出来事は、いまここで、私たちにも起こることなのである。そんなことがあるものか、と否定者たちは口にするだろう。確かに、その人には、そのようなことは起こらなかった。だが、キリスト者は知っている。自分の中で、確かにそれが起こったことを。そして、イエスと出会ったことと、イエスにより絶望の闇が、希望の光により消えてしまうことを、体験しているし、信じている。キリスト者にとって、自分の出来事となったことが確かであるため、これを言い放つことが、証言することとなる。かくして、私たちはキリストの証人となるのである。
 
それから、女たちがイエスの言葉を思い出した、というところに注目する。これをいま「想起」と呼ぶことにしよう。プラトンが、人間がイデア界について知っていたことを、この世界での経験により想起する、という説明を施したことを、ふと思う。ギリシア語で「アナムネーシス」という語を使うため、関心がおありの方は、少し調べてみるとよろしいかと思う。そこには、「魂の不死」という展開が待っている。
 
そのような哲学的な論理を連ねようというのではない。聖書は、神の言葉が与えられることを前提としている。そしていま私たちにも、聖書の言葉と出会う機会があることを喜ばしく思う。聖書を読むことによって、私たちは何度でも、神のことを想起することができる。日常の中に心を失い、目の前のことに囚われてしまっていても、心の内で天を見上げ、神に祈るとき、神とのつながりが確かなものとして蘇ってくる。換言すれば、聖書を読むことによって、私たちは何度でも、イエスと出会い直せるのである。そして、現にここで何か暗い闇を覚え、望みをなくしてしまうようなときにも、聖書の言葉を思い出して、支えられ、助けられ、救われるということがあるのである。
 
説教者は、神の言葉を心に留めて生きる、ということを強調した。それが信仰である。聖書から、あるいは時に祈りから、神は一人ひとりに語りかける。それが、ひとを生かす力隣り、光となる。
 
なお、説教者はこの後のペトロの動きを中心に動かしてゆくことになるが、私だったら、女たちのところでもう少し立ち止まっていたい気がする。今年私はマタイ伝から復活を読んできたが、そこでは、実に女たちこそが、復活劇の中心だったように読むことができたのである。
 
さて、さらに、そのようなして光が与えられ、道が備えられたときに、私たちが立ち上がること、それを押さえておきたい。女たちは、天使と思しき二人の人の言葉に従って、仲間の使徒たちのところに戻る。使徒たちは、それをお伽噺のように聞いたというが、ペトロは立ち上がったのであった。そして墓へ走ったという。基本的に、大人は走らない。特に大人の男は、みっともなくて人前で走るなどということはできなかった模様である。しかし、ペトロは立ち上がり、そして走った。
 
また、ペトロが立ち上がった、ということにも立ち止まろう。立ち上がることは、何らかの行動を起こすことを意味する。そのようなときに使う表現であり、それは日本語でも同様であろう。ペトロの行動への始まりを示すという意味で、ここでももちろんそのように理解されて当然である。だが、この言葉そのものに注目するならば、それはときに「復活する」ことを意味するのである。
 
イエスは自ら復活した、という表現を聖書はとらない。イエスは復活させられた、と書いてある。意味上の主語か欠けるとき、聖書ではしばしばその主語は神である。つまり、イエスは神により復活させられた野であり、事実そのように書かれてある箇所もある。このとき、訳そうと思えば、イエスは起こされた、立ち上がらされた、というふうに表現することも可能な言葉となっているのである。
 
ペトロは、意気消沈していたに違いない。慕って付き従っていた先生が、極悪の犯罪人として殺されたのである。もちろん、自分の身も危ないという情況にある。が、問題は、今後の未来がないことである。絶望の中に閉じ込められているような状態であったと推測できる。それが、女たちの証言に、一縷の望みをかけた、というところだろうか。立ち上がった。そもそも女の証言というものは、法的には認められない社会である。それでも、ペトロは立ち上がった。
 
説教者は、分からなくとも信じて一歩踏み出す、というような表現を使った。信仰の歩みには、立ち上がる決断と、一歩踏み出す勇気とが必要なのである。が、気を付けたいことがある。それは、自分を奮い立たせることではない、ということである。自分の中から燃えるとか、力を出すとかいうものではないのである。それは与えられる。外からくる。エマオへの道で二人の弟子の記事がこの後に載っているが、「道々、聖書を説き明かしながら、お話しくださったとき、私たちの心は燃えていたではないか」と気づいている。イエスの話が、二人の心を燃やしたのである。
 
最後に、ペトロが身をかがめて墓の中をのぞいた点を挙げよう。墓の中には、亜麻布しかなかった。すると、イエスは裸で復活したのか、など疑問をもつこともあるだろう。が、それはともかく、説教者はこの場面について、恐れつつも神を求めて探したのだ、と説いた。すると思わされる。私たちは闇雲に信じればよいのではないのだ。使徒言行録において、ベレアでの記録として、聖書の言葉が本当かどうかを毎日確かめていた、というものがある。なんでも信じると、それを騙そうとしている輩にとってのいいカモである。それを意図的に狙った、キリスト教を名乗るような宗教団体のことは、ようやく社会的に認知されるようになってきた。騙された方々の財産と、心の傷のことを日々気にかけて祈るばかりである。
 
ここでのペトロは、まだ「信じた」というところにまで至っていないようである。だが、中を覗いて知ろうとした。主を求めるように動いた。この後、聖霊が降ることによって、ペトロたちはすっかり変えられた。これもまた、自分からの変化ではなく、外からの、上よりの力によるものである。
 
ところで、イエスの十字架刑は、暴力のひとつの代表のようなものだろうか。私たちのいまの世界にも、暴力がまかり通っている。戦争という最たるものはもちろんのこと、社会生活の中で、様々なハラスメントが存在している。そして私たちはしばしば、自分がその暴力を受けている、という角度で「暴力」について考えるばかりである。
 
果たしてそうだろうか。誰かに何かを話したとき、相手を苦しめているということが起こっていないだろうか。電車の中で気持ちよく話をしていることで、誰かの静寂を妨害し、迷惑をかけていないだろうか。気づかないところで暴力を揮っているかもしれないのである。よかれと思ってしたことでさえ、それが暴力になっていないとも限らない。
 
そう。イエスを十字架につけたのは、他の誰かではないのだ。それが自分だと気づかされたとき、私の救いの道が敷かれたことになっていた。その罪に気づかないことが、死のコースなのであった。そして、そんな私の攻撃に死んでしまう神ではなかった。イエスは復活させられた。だからこそ、そこに赦しがあったと言えるのである。私もまた、罪の中の自分に死に、神により復活させられたのである。それを証しすること、そしてそのお方を指し示すこと、それが私の使命となったのである。



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