通勤電車の読書法

2025年4月16日

4月から、異動が命ぜられ、勤務地が遠くなった。何が基準で動かされたのか分からないが、小さな不満を自らぶつけるのは好きではないので、新たな環境を愉しむことにしたが、時間がかかるのは、生活の上でやや面倒だな、とは思う。
 
電車に乗っている時間は、快速か普通かによっても異なるし、乗り継ぎの能率の良さにも関わるので、何分とは決まらないが、これまでより最低10分は、これまでよりかかることになった。往復で20分以上は増える。
 
電車の中では、専ら本を読むことで過ごしているから、これは自動的に、読書時間が20分以上増える、ということを意味する。これまでと本質的に変わることはないが、この微妙な変化で、読書の方法を変えたことについて、お話ししてみようと思う。
 
私は、並行読書をしている。一日に、十種類ほどの本を開き、それぞれをちまちまと読み進む。
 
堅い本は基本的にラインを引き、重要語にはマーカーをつけ、フィルム附箋を付ける。紙の附箋と異なり、いくら貼っても本の厚みが増すようなことがない。ダイソーで、350枚のものが110円で入手できるので、気楽に貼ることができる。このタイプは、作業が伴うので、電車の中では扱い難い。できるのは、座席に座れた場合であり、通勤電車で必ずできるとは限らない。従って、持ち歩くときにこのタイプは、せいぜい一冊にしている。
 
たとえば小説には、ラインを引く必要が殆どない。気になる頁は、ドッグイア(角を耳のように折ること)を施せばよい。
 
以上の作業は、自分の本の場合である。図書館から常時数冊は借りているため、それを読むときには、附箋もラインもできないから、案外電車内読書にはもってこいである。但し、重い本は負担になるので、文庫や新書でないようなタイプは、できれば一冊にしたい。
 
電子書籍が本当は利用しやすい。普通はkindleを利用している。これは立って読んでいても、指ひとつで頁がめくれるのが実に重宝する。また、吊り革を持つ手と本体を持つ手とを一方にすれば、他の手の指でマーカーを電子的に付けることも簡単である。これも、少なくとも一冊は、日々の読書に入れている。というより、実のところ、買い込んでいる本が、kindleにはたんまりとあって、その気になれば夏目漱石全集を全部読むことができるようになっている。若い頃に大抵の小説は読んでいるが、また年月が経ってから読みたいと願っていた。
 
hontoは、日々サイトを訪ねるとポイントが貯まり、ポイントの有効期限の2か月分溜めると、それだけで70円分くらいになるので、格安のものを探せば、何十円か手出しすると本を買うことができる。こうやって溜めこんでいるが、これはkindle機では読めない。読めるようにしてくれたらよいのに、と思うが、これはパソコンで見るのがよい。よく、スマホで本を読んでいる人がいるが、kindleと違って、明るいところでは非常に読みづらく、光の加減は読書のために設計されていないので、目が疲れる。マーカーは付けられるけれども、私は人にはお薦めしないし、私もよほどの時でなければスマホを開いてhontoの電子書籍を読むことはない。ただ、カラーなので、ウミウシや植物の図鑑、猫の写真集を入れており、これは見るだけで癒やされる。
 
内容的に、論理や思考を要するものは、せいぜいひとつに絞る。そればかりだと疲れるからだ。乗換までの一区切りで読める量は、本のタイプにもよって異なるが、自分で決めたノルマくらいがちょうど読めるように考えて、読む順番を選ぶ。また、仕事帰りは、より気楽に読めるものがいいと考えている。
 
こういうわけで、私の場合は、出勤日の読書に一定の時間が備えられているため、休日の方が、読書量が少なくなる。むしろ休日には、読み終わった本の書評めいたものを記すことが多く、ほかに教会のメッセージに対するレスポンスなど、書く作業が多くなるので、必ずしも毎日同じ量の読書ができているわけではない。それを、メリハリと捉えることにしている。
 
敵わないのは、電車で、うるさく喋られることである。特に耳の横で話されると、これはもうただの「暴力」だとしか思えない。他人に読書も思考もさせない横暴な行為である。こちらが先に座った後から乗り込んできた者が、横で喋るのは、暴力の最たるものであろう。その車両全体に話を聞かせるような神経も理解できないが、電車に乗ってわいわい喋る人は、どこからか殺意が向けられていないか、気がつくとよいだろう。
 
誰にも何のヒントにもならないような話を、聞いてくださり、感謝する。



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