安息日はいま
2025年3月31日

4月20日の復活祭を視野に置きつつも、マルコ伝の連続講解説教を辿ることとなる。2:23-28が開かれる。弟子たちが麦の穂を摘み始めたのが、安息日であったことについてである。それをどのように見ていたのか、説教者は訝しがったが、ともかくファリサイ派の人々が、その点にツッコミを入れた。「なぜ、彼らは安息日にしてはならないことをするのか」というのだ。
説教者は、事態の背景や、安息日の意味を丁寧に説明する。特に、最初の問題提起が、イエスに対する当局の態度をはっきりさせるのである。
ファリサイ派の人々は出て行き、すぐにヘロデ党の人々と一緒に、どのようにしてイエスを殺そうかと相談を始めた。(3:6)
この後直ちに、イエスへの殺意が明確になったのである。しかも、指摘は鋭い。殺すかどうか、というのではなく、「どのようにして」殺すのか、という点を指摘している。殺す意志については既定路線であったわけである。
説教者はまた、イエスがサタンに揉まれてこの時まで来たことを挙げ、だがイエスがサタンに勝利した、というような記述はないことを指摘する。そして、言いたかったことは、教会で「サタン」や「罪の力」というものが語られなくなった、ということである。この点は、私も懸念している。
また、その「教会」というものが何をどのように指すのかについて、問う価値があるようにも思うのだ。つまり、「罪」を語る教会は、現にある。しかし、全く語らない教会もあるのだ。「教会」によるのである。
それとも、それは語る者によるのかもしれないのだろうか。また、そのように語る者によって、教会全体が、罪というものを考えない、感じないようなものに変貌してゆくのだろうか。新たに教会に連なる人も、罪という言葉さえ聞かずに、いつの間にか信者になってゆく。
その逆かもしれない。教会のムードが元々、伝統的にそうであるのかもしれない。あるいはまた、両者がそうであるのかもしれない。そして私は、そのように語らせない者こそが、サタンであるに違いない、と踏んでいる。
説教者は、マルコ伝を、「罪の力との闘いの書」であると言った。この宣言は大きい。そもそも「福音書」というジャンルを世界で初めて成立されたと考えられる書である。このパイオニアは、神からの霊によるものと見なすほかないであろう。そこに描かれているのは、「神をも殺す」人間の姿である。
しばしば、19世紀のニーチェによって、「神は死んだ」などと言わせた、と受け止められている。だが、その言葉は、近代的認識の中で、いわば必然的に現れたものだとも言えるし、新約聖書自体が、「神を殺した」人間を告発するようなものであった。もちろん、その「人間」というものには、キリストの弟子本人が、まずその旗頭に立っているわけで、そこから、イエスの愛に気づき、赦しを受け、救いを与えられ、命を注がれた者こそが、イエスの名による共同体としての「教会」を形成してきたのである。
この世界は、神をも殺す世界である。そして、このマルコ伝が、「どのようにしてイエスを殺そうか」と考え始めたきっかけが、「安息日」の問題であった。以後、説教は、この「安息日」を巡って展開する。もちろん、それをただ追いかけるのがこのレスポンスの目的ではない。
だが、説教としては、問題にする「安息日」について、共通理解をしておかなくてはならない。しばらくの間、この説教の中で用いる「安息日」の意味を規定しようと語りが続く。ラスカー・シェーラーという詩人の言葉であるというが、「安息日」とは「創造のみわざの日」であるという。
日曜日から神の創造が始まり、土曜日を以て「安息日」としていたユダヤ教の考え方が、キリストの復活以降、日曜日を「安息日」と転換するようになったのが、キリスト教であった。その経緯には、簡単な説明を寄せ付けない背景があろうかと思う。また、そもそもユダヤ文化においては、日没から1日が始まるという、日付の考え方がある。時間の観念も現代人とは異なると言われる。今の私たちの感覚や理解で、簡単に首肯できるような説明は難しいかもしれない。
だが、思えばキリストの復活は、金曜日の十字架での死から、土曜日を墓の中で経て、日曜日が半日過ぎた夜明けに、弟子たちに知られることとなる。もしかすると、イエスが蘇ったのは、日曜日が日没と共に始まって間もなくであった可能性すらあるわけだ。
そしてこのとき、使徒信条にあるように、土曜日に「陰府にくだり」という想像でよいかどうか分からないが、ともかく土曜日に神は沈黙を保った。この「沈黙」を、私は勝手に「安息」と見ている。イエスは、「安息日」に蘇り、妙な騒ぎを起こすことを選択しなかったのである。「安息日」に人を癒やし救うことを躊躇わなかったイエスではあるが、自身は、恐らくは弟子たちへの愛の故に、しかしまたもしかすると、「安息日」が明けてからこそ復活に気づいて動きが始められるようにと、日曜日の朝に事が発覚するようになさったのかもしれない、などと想像する。
説教者は、この「安息日」をまた、「神が新しく働く日」だとして示した。人の思いや計画が実現するのではなく、神のそれが成る。人の思惑の外で、神は新しいことを始めるのである。だとすれば、私たちにできることは、「神の始めることを待つ」ことであるに違いない。この「待つ」ことの内に、私たちの「休み」というのがあるのではないか。ここから、「安息日」に「休み」の意味をもたせる視座が与えられることとなる。
ところで、この「安息日」規定は、現在の私たちに、いまの教会に、どのように響いているのだろう。どう受け止めればよいのだろう。というのは、かつての律法規定からすれば、私たちの「安息」など、めちゃくちゃである。
主はこう言われる、命が惜しいならば気をつけるがよい。安息日に荷をたずさえ、またはそれを持ってエルサレムの門にはいってはならない。(エレミヤ17:21,口語訳)
民数記15章には、安息日に薪を拾い集めている男が見つけられ、主が死刑だと告げたため、石で打ち殺された事例がある。
だが、私たちは、日曜日も勤務がある社会であるという事情を抜きにしても、礼拝の時を「安息日」だという感覚で捉えてはいない。明治期あるいはそれに直属するような信仰を保つ教会には、その気概もあったし、私も直にそのような姿勢を教えられたことがある。もちろん、日曜勤務の信徒を悪く言うようなことはなかったけれども、礼拝の日をなんらかの「休み」とする精神は、重要なものとして掲げられていた。
そのため、私は正職員の立場を棄てた。事情を説明することはしないが、日曜勤務を基本的にしない、という契約で仕事をしている。その代わり、給与待遇がどうなったか、時にどのような仕打ちを受けたか、それはご想像にお任せする。後者は一部の人からであったが、前者はずっとそのままを引きずっている。馬鹿と見られるかもしれないが、私は馬鹿だとは思っていない。
ともかく、説教者が説明したように「ミシュナー」の規定を背景に、真剣に「安息日」を暮らすことが命に関わるような当時の文化は、私たちが完全に無視していることになる。さすがに旧約聖書続編には、戦争において「安息日」を狙われた経験から、応戦については規定から除外する、という実務がなされ、いまもそれは通用しているらしいけれども、エレベータの自動運転などの例が挙げられるように、「安息日」はいまに生きている部分があるという。
また、1924年パリオリンピックに出場したエリック・リデルたちのことを描いた、映画「炎のランナー」のことも思い起こす。自分の出場する種目が日曜日に行われるということを知り、出場を辞退すると公言する。これはイギリスの有力者たちから馬鹿阿呆と非難の的となるが、友の協力で、急遽種目を替えることになる。リデルは宣教師でもあった。その日曜日に、礼拝で彼がイザヤ書40章を開くシーンは、忘れられない。
日曜日に礼拝に出ない信徒を非難したり裁いたりするとなると、つまりは福音書のファリサイ派の人々と同じことになる。説教者は、この聖書箇所から三つの点を挙げる。それはもう、説教者の肩に委ねることとしよう。この連続講解説教のために参照しているという、マルコ伝の説教集においても、確かにこの三点を明らかにしていた。聖書のエッセンスをきちんと伝えてこその説教である。
すべて重荷を負って苦労している者は、私のもとに来なさい。あなたがたを休ませてあげよう。(マタイ11:28)
キリスト教会が、伝道のために看板に掲げたり、まず以て語ろうとしたりする聖句の第一位ではないかと言われる言葉である。だが、これはイエスをまるで知らない人に向けたと言うよりは、むしろいわば弟子たちへのメッセージであるようにも思われる。だとすれば、「安息日」についてのカノンと指針を見失っているかもしれない私たちにも、この言葉は響いてきて然るべきであろう。
教会の奉仕が重荷になるのが、現実の教会運営の姿である、とも言われる。一部の教会では、そこに「罪」を挟むことなく、「サタン」のなすがままになっているかもしれない状態である。問題を膨らませると、このままどこまで話が展開するか知れない。かつての姿は崩れ去り、どこへ向かって行くとも知れない「安息日」という「第四戒」である。
私たちは、イエスの姿もさることながら、案外このファリサイ派の人々の姿に、いま私たちの置かれた情況を感じ取ることが必要なのかもしれない。尤も、それは自分たちが規定を守っている、という前提からではない。私たちは自らを正当化したり、他人を裁いたりするのではなく、自分たちの弱さを心底味わわされつつ、イエスの背中を見つめて歩んで行きたいものである。
但し、それは実は背中ではなく、神とサシで向き合うことにほかならないことを、重々自覚することが、信仰というものであるのだろう。説教者が結んだのは、次のような言い方であった。この安息日に、新しいことを、主イエスはいま始めてくださるのだ――神の麗しい事柄を見ることができるように。もっと強く、悲しむ者たちと共にに歩むことができるように。