【メッセージ】ささやかな勇気をもって

2025年3月30日

(マタイ26:47-75, ゼカリヤ8:13)

ペトロは遠くからイエスの後に付いて、大祭司の中庭まで行き、成り行きを見届けようと、中に入って、下役たちと一緒に座っていた。(マタイ26:58)
 
◆逮捕と裁判
 
2025年の復活祭は、一般的な教会暦では、4月20日に定められています。それまでの主日を、今日から、イエスの十字架と復活を思う礼拝として献げたいと考えています。
 
今日は、「逮捕」と「裁判」の場面を開きます。十二弟子のうちの一人であるユダが、ユダヤ当局と通じていました。そのため、夜の闇での逮捕劇も、スムーズに進むことになります。当時は夜はいまよりずっと暗かったはずなので、捕まえるイエスがどの男なのかを教える導き手が役に立ちました。当局としては、ユダの協力もあり、過越祭が始まるまでにケリをつけようと、タイミングを窺っていたように思われます。
 
逮捕後は、安息日が始まることを懸念して、事態は急展開します。直ちに、裁判へともってゆきたいのです。但し、当時ユダヤはある程度の自治こそありましたが、ローマの支配下に置かれていたため、勝手に死刑執行はできませんでした。まずは大祭司カイアファの元で、裁判を開き、そこでユダヤ側の要求を決定した後に、ローマ総督の裁判へと送ることになります。
 
暗殺などという闇の手法は選びませんでした。それだとイエスへの庶民の同情が湧き起こるかもしれない、などと計算したのかもしれません。極悪非道の死刑を受けることで、正義に反する存在だと決めつけなければならなかったのでしょう。
 
大衆への見せしめにより、イエスの思想を継ぐような者が、今後現れてはいけません。イエスの宗教改革運動は、それほどに、権力者たちには厄介で、危険性を帯びたものだったことが予想されます。単に、ファリサイ派などの悪口を言われたから復讐しようとした、というのではないだろうと思います。
 
イエスのような考えは、許してはならない。革命的な宗教は、なんとしても封じなければならない。そうしなければ、社会は成り立ちゆかないのです。これまでの社会が、揺るぎなく継続されなければならないのです。
 
◆オウム真理教
 
1995年3月20日朝、東京の地下鉄で、大事件が起こりました。世にいう「地下鉄サリン事件」です。もはや、これをライブで知っていた人は、若い世代にはいないことを思うと、伝えねばならないことを強く感じます。地下鉄の五つの編成において、猛毒神経ガスのサリンが撒かれ、乗客や駅員ら十数人が亡くなり、負傷者は6000人以上となりました。比較するのは奇妙ですが、その2か月前の阪神淡路大震災で亡くなった方の数に匹敵します。その後も深刻な後遺症に悩むなど、いまも解決したとは言えない場合があると思います。なお、この事件により、その阪神淡路大震災への社会の関心が薄れたことが、残念でなりません。
 
事件後間もなく、作家の村上春樹が、この地下鉄サリン事件の被害者へのインタビューを計画し、苦労して実行しました。『アンダーグラウンド』という本です。一人ひとりの人生を深くえぐったことについて、生々しい声が集められていました。その後、今度はオウム真理教の信者へのインタビューも試みて、今度は『約束された場所で』という本が生まれました。こちらは、やや一人あたりが長い発言として届けられ、宗教団体の内部事情を含め、信者それぞれの正直な発言が明らかにされました。
 
オウム真理教を事件後脱退した人もおり、入信事情も様々でしたが、教団にいた当時から、やや醒めた目で見ていた人がいたのが印象的でした。しかし、事件後も、教団がやったとは信じられない人も多く、自分の信仰そのものが動いた様子が見られないことも事実でした。
 
オウム真理教は、日本を転覆しようと考えていました。まずは衆議院議員選挙に集団的に立候補するという、ある意味でまともな手段をとっていましたが、社会に受け容れられないと分かると、過激になってゆきます。そして、信じない者は殺されて当然だ、というふうに走り、地下鉄にサリンを撒くに至りました。
 
これを企画し、実行したのは、一握りの幹部だったようです。末端の信者は、言われたままに働くばかりで、それが自分の修行だと考えていたのではないか、との推測に落ち着きます。捜査の手が入っても、何かの間違いだ、と考えていた様子も、取材から見え隠れします。優等生的な発言なのかもしれませんが、逮捕に至ってもなおそうでしたし、たとえ教団がやったとしても、それを悪いことだという認識のない場合が目立ちました。
 
教団から脱けるのも難しい。一旦信じてしまったからには、自分を否定することができないようでした。簡単に、信ずるものを拭い去ることはできなかった律法のです。
 
「オウム真理教」という名こそ消えましたが、残った信者たちが、いくつかの別名の宗教団体を立て、教義としては殆ど同じものを継承しました。これを抑えようとする角度から、教団の行為に対して、「破壊活動防止法」の適用が求められましたが、どうも難しく、そのため1999年に新たに、「無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律」がつくられました。
 
刑事事件としては、幹部たちはその後、裁判で死刑が言い渡され、2018年に次々と死刑が執行されました。しかし、信者がそれ故にそこから離れてゆく、という現象は起こっていないように見えます。むしろ、直接事件を知らない世代が、ヨガや精神世界への関心から、新たな関係教団に加わる様子が見られました。
 
殺人テロを実行したような教えを、どうして信じるのか。その系統の教団に属するのか。世間からすれば、そのような不思議な気持ちになるのも尤もです。キリスト教徒もまた、えてしてそのような気持ちを懐くことがあるのではないでしょうか。そのような発現も、きっとあるはずですが、私は調べたわけではありません。
 
◆ペトロの視点
 
ところで、教会にいる私たちからは見えないものが、一般社会からは見える、ということがあります。キリスト教に、どうして人々が近づかないのか。その一つの見方に、キリスト教が「死刑囚を拝むことが分からない」という見方があるのは確かです。イエスは、二千年前に、同胞のユダヤ人たちから憎まれ、大国ローマの法律に基づいて、極悪な犯罪者のみに課される十字架刑を受けた犯罪者なのです。新しく過激な宗教団体の首謀者のような存在だったのです。
 
キリスト教徒は、このことを、ふだん忘れています。ギロチンを拝むように、十字架を見上げ、首から提げることもあります。キリスト者にとり、イエスはもちろん、極悪な犯罪者ではありません。「濡れ衣」と呼ぶのか適切であるかどうか分かりませんが、正しいイエスが死刑にされた、というように考えています。いわば「冤罪」なのだ、と。
 
神の計画では、その冤罪ゆえに、救いが人類全体に及んだのだ、ということになるのでしょう。「一人の人が民の代わりに死に、国民全体が滅びないで済むほうが、あなたがたに好都合だとは考えないのか」(ヨハネ11:50)と言ったのは、大祭司のカイアファであった、とヨハネ伝は伝えていました。パウロの神学にしても、このイエスの死によって、人が生きるようになった、というのは、信仰の根幹にあることです。
 
しかし、普通の人の目から見れば、イエスは犯罪の故に殺されました。せいぜい、それは冤罪だったのか、と気づいてくれるのがせいぜいのところかもしれません。ここの違いが、要するに信じるか否かの境目にあることは確かです。
 
今日、その境目を超えるために、ペトロの視線を辿ることにします。十二弟子の筆頭のペトロが、ここで動いていますので、その視点を借りることにします。そうして、この「逮捕」と「裁判」の場面を、ペトロの見ていたものとして見ることにします。しかも、基本的にマタイ伝に限って辿ることにします。いろいろな福音書の記者の考えを取り入れると、全体の雰囲気を捉えることはできますが、一人ひとりの記者が伝えたかった本筋がぼやけてしまいます。ブレンドのコーヒーよりも、いまはストレートで、その豆の味を味わいたいと考えます。
 
なにぶん、記事が長いのが難点です。聖書解釈や詳しい解説を試みるわけにはゆきません。また、私にはそのような力はありません。ただ、私がペトロになったつもりになり、ペトロの目に見えていたもの、ペトロの耳に聞こえていたものを、疑似体験してゆこうと思っています。
 
◆ペトロの勇気
 
十二弟子のトップと言えるペトロ。ペトロは、のっぴきならない情況になったことを覚ります。群衆が押し寄せてくるのです。イエス先生を捕えにきたと感じたことでしょう。群衆を見ましたが、そこにユダがいるのに気づいていたと思われます。果たしてそれが、私たちが知るような「裏切り」であることを認識していたか、それは定かではありません。
 
ユダがイエスに近づいてきたのを見ても、その意味を解したとは思えません。聖書を見るならば、ユダがイエスに接吻をしたことが分かります。当時は日常的な挨拶の姿だったと考えられています。が、ペトロがその様子を見ていたかどうか、は分かりません。ただその先に、武器をもった者たちがイエスの周りに集まり、イエスを捕らえるという事態が待っていました。
 
51:すると、イエスと一緒にいた者の一人が、手を伸ばして剣を抜き、大祭司の僕に打ちかかって、片方の耳を切り落とした。
 
ヨハネ伝の証言によると、この剣を抜いた者はペトロだとされています。マタイ伝では、ただの「一人」とされています。もしペトロだとすると、ペトロはどうやらイエスを護ろうとしたように思われます。
 
あるいは、ペトロ自身の身に危険が及ぶことを案じて、夢中で刃物を振り回したのでしょうか。ともかく、これではペトロは傷害罪に問われます。当時の法についてはどう言うか分かりませんが、ただ自分のことだけを考えていたとすれば、弱さがあったと言うことはできると思いますが、イエスを助けず逃げたのは卑怯だ、というような責め方はできないような気がします。
 
そうです。このとき「弟子たちは皆、イエスを見捨てて逃げてしまった」のでした。それは臆病にも、イエスを見棄てたのだ、と私たちは画一的に見なしてしまいがちです。しかし、単に自分の身を護ろうとしただけのペトロを、それほど悪くは言えないと思うのです。
 
しかもこの後、ペトロはイエスの裁判を見守るために出かけます。それこそ危険なはずです。しかし、気になって仕方がない。イエスはどうなるのか。気が気でならない。成り行きを見届けたいのです。あまり表に出ることはできないから、隠れて遠くから見ています。この裁判をペトロが見ていたとすれば、ここでの記録が遺されたのはペトロの功績です。ペトロは、勇気を揮って、裁判の場所に潜入したのです。あの捕縛の場の目撃者によって自分の正体がばれるかもしれない、という危険を冒しながらも、イエスを見守ることへと前進したのです。これはペトロの勇気ある行動だと言ってよいのではないでしょうか。
 
◆ペトロの否認
 
裁判の座には、偽証者が次々と現れますが、動じません。イエスは、大祭司を前にしても、怯んだ様子はありませんでした。イエスの勇敢な態度を、ペトロは見たのです。しかしイエスが毅然と振舞った結果、形勢が不利になります。
 
66:人々は、「死刑にすべきだ」と答えた。
67:そして、イエスの顔に唾を吐きかけ、こぶしで殴り、ある者は平手で打って、
68:「メシア、お前を殴ったのは誰か、言い当ててみろ」と言った。
 
このときでしょうか。裁判のレポートが途切れます。ペトロの恐れていたことが起こります。
 
69:ペトロが外の中庭に座っていると、召し使いの女が一人近寄って来て、「あなたもガリラヤのイエスと一緒にいた」と言った。
70:ペトロは皆の前で打ち消して、「何を言っているのか、分からない」と言った。
 
このようなことが、三度続けて起こったことが、詳しく書かれています。ペトロ自身が味わった危険な体験ですから、鮮明に覚えていたのだと思われます。この三度の否認は、この場面のハイライトです。説教でもよく取り上げられます。そして、これはペトロの裏切りだ、ペトロは弱い人間だ、などと簡単に私たちは言ってのけます。
 
でも、私たちはそのように批判するとき、安全な場所に身を置いています。ペトロの身に起こった危機も、しょせん他人事なのです。当事者の立場とは遠く離れた、安全なところに立って、そんなこともできないのか、と見下すのが、私たちの自然なあり方です。だから、SNSで簡単に、他人の悪口を好きなだけ叩き、馬鹿呼ばわりするのです。
 
私たちは、この裁判の場面ですら、ペトロを、勇気のないダメな弟子だ、などと見ていなかったでしょうか。テレビの画面から、スマホやパソコンの窓から、他人の様子を見て、いとも簡単に非難するようなことを、私たちは日常的に当たり前のことのように、やってしまうようになりました。聖書の読み方も、もしかすると大きく影響を受けているかもしれません。心に戒めたいと強く思います。
 
ペトロは、自分の身を護ることで精一杯だったとすると、この否認すら、人間として極めて当たり前のことのように思います。私たちもきっとそうしたことでしょう。それどころか、このペトロは、危険を冒して裁判を見ようとしたのです。この勇気は、繰り返しますが、むしろ私たちの真似のできないことなのではないでしょうか。そこを問いたいのです。
 
◆ペトロの復権
 
確かにペトロは、イエスを逮捕しようとする群衆を前に、逃げ出しました。それは、主を裏切ったと呼ばれても仕方がないことだったかもしれません。確かに、ユダの裏切りこそが、イエスを引き渡すことになる直接の原因ではありました。けれども、ペトロも主を否認したということで、批判を受けるのもやむを得ないことでした。
 
「あなたのためなら命を捨てます」(ヨハネ13:37)とも豪語したペトロが、あっさりと現実の場面では見捨てて逃げた、というのは、無様ではあります。福音書にこの記事が繰り返し書かれているということは、ペトロ自身がその後教会に語り告げたということを意味しているでしょうから、ペトロは悔い改めるような気持ちで、告白していたのではないかとも思われます。
 
だとしても、それを私たちが、臆病だとか、裏切りだとか、責めることは適切でしょうか。口では言わないとしても、考えるだけでも、無責任な責め方のようには思えないでしょうか。むしろ私は今日、ペトロは実に勇敢に振舞ったのだ、と評価したいと思うのです。私には、ペトロほどのこともできやしない。裁判を、身を以て見守ろうとするような勇気はないのだ、と私は告白したいと思います。
 
組織のリーダーが捕まった。以前から不穏な空気が流れていた。この先、事態が良くなるようには到底思えない。確かにそういうとき、信徒は、気持ちの上ではリーダーを恋しがることでしょう。慕う心が起こるでしょう。けれども、本当に危険を冒してまで、リーダーを追いかけることをする人は、稀ではないでしょうか。その行く末を見届けたくて、追いかけたのです。
 
もちろん、それはペトロなりに、でした。不十分ではありました。限界はあるのです。ペトロがいたからこそ、このイエスの裁判のありさまが伝えられたのです。十字架に至るプロセスが、私たちのところにまで届けられたのです。ありがたいではありませんか。偶々ペトロは捕縛されずに済みましたが、その勇気には、改めて敬意を表したいと思うのです。その後の記録や教会の形成のために、ペトロは貢献したのだ、と。
 
私はここに、ペトロの復権を叫びたいと思います。
 
◆ささやかな勇気で
 
73:しばらくして、そこにいた人々が近寄って来てペトロに言った。「確かに、お前もあの連中の仲間だ。言葉のなまりで分かる。」
74:その時、ペトロは呪いの言葉さえ口にしながら、「そんな人は知らない」と誓い始めた。するとすぐ、鶏が鳴いた。
 
言葉の訛りが、目撃者にとっては証拠のようでした。山浦玄嗣(はるつぐ)さんの訳した福音書『ガリラヤのイェシュー』では、ガリラヤの地方の放言を、東北の言葉で描きました。ケセン語と名付けた、山浦さんのいた気仙沼地方の言葉です。「東北」というシチュエーションは、確かにガリラヤとぴったりのように思えます。「ガリラヤ」という語そのものは、「周辺」だとか「地方」だとかの意味をもつ響きなのだそうですが、日本でも東北の多くの地域を「みちのく」(道奥)と呼びました。
 
都とは違う言葉や訛りがあったことでしょう。私たちもまた、東北の方言を東京で聞けば、すぐにその地方の人だと感づくことと思います。イエスもまたそうであったとし、ペトロがそう語れば、怪しまれることは確実です。そして、だったらなおさら、ペトロがのこのこと大祭司の裁判の場へ出かけたのは、致命的だったということにもなります。
 
けれども、ペトロは勇敢だった。私の目からみれば、大した勇気だった。人々を敵に回しても、自分はこれをすべきだ、と一歩前へ出た。――とはいえ、ペトロ本人としてみれば、どうだったでしょうか。私はきっと、そんなに自分のことを勇敢だなどとは考えていなかっただろうと思います。イエスのことを「知らない」などと繰り返したのです。自己嫌悪をすら懐いたのではないでしょうか。私だったら、「ああ、やっちまった」と頭を抱えているだろうと思います。
 
だから、このときのペトロについて、私も、あまりに大袈裟に英雄視しないでおこうと思います。ペトロはこのとき、「ささやかな勇気」をもったに過ぎない、と。
 
ささやかな勇気。それは、私たちにも、もてるものだと思うのです。日常生活の中で、ちょっと勇気を出して、電車で座席を譲ること。街で道が分からないのか困っている人に声をかけること。朝ドラ「おむすび」が終了しましたが、体が自然に人助けをするように動く、「米田家の呪い」の中にいる人はともかくとして、私たちの多くは、きっと躊躇うのです。そして、「自分でなくても誰かが助けてあげるだろう」と、何もしないで過ごすようになるのが普通なのです。教会で口にするのは不適切かもしれませんが、「触らぬ神に祟りなし」なのです。
 
「私に従いなさい」というイエスの言葉に、すぐに従うというのは、とんでもないことのように見えるかもしれません。しかし、ささやかな勇気もまた、案外私たちにはもてないものなのだ、と私は感じます。少なくとも、私にとっては、そうです。
 
ユダの家よ、イスラエルの家よ。/あなたがたは、かつて諸国民の中で呪いとなったが/今や私があなたがたを救い/あなたがたは祝福となる。/恐れてはならない。勇気を出せ。(ゼカリヤ8:13)
 
主イエスに救われた者は、神の祝福を受けています。だから、恐れる必要がありません。預言者ゼカリヤを通して神は、「勇気を出せ」との言葉を投げかけます。私は心密かに、この「勇気」という概念は、西欧思想を知るための、隠れた鍵だと考えています。ティリッヒの他、殆ど誰も「勇気」について考察をしておらず、当たり前のように使っている言葉です。(内田樹さんの『勇気論』は、気軽に読めて、いろいろ気づかされることが多くて面白いものでした。)
 
そこで、いま私たちは、少しばかり注目して、「勇気」から目を逸らさないようにし、「ささやかな勇気」を胸に懐くような一日を始めようではありませんか。ペトロの体験を通じて、ほんの少しだけ、一歩、足を前に進めてみようではありませんか。できれば、イエスの後に従う道を、歩き出してみませんか。さあ。



沈黙の声にもどります       トップページにもどります