うちなー

2025年3月15日

「うちなーぐち」(沖縄の言葉)は、母音の「e」と「o」をあんまり言わないから、「e」が「i」に、「o」が「u」になることが多い。「AME」は「AMI」、「KURO」は「KURU」になる。
 
規則性のある音の変化はそのほかにも、「AWA」が「A」になるから、「KAWARA」は「KARA」(かーら」となる、というのがある。「KI」が「CHI」になるから、「KIMO」が「CHIMU」となる。(朝ドラの「ちむどんどん」の「ちむ」は、「肝」のことだったが、規則的な変化だったのだ。)
 
この規則に照らし合わせると、「OKINAWA」は、「UCHINA」に変化する。「うちなー」である。
 
……などと偉そうなことを書いているが、これは、テレビアニメ『沖縄で好きになった子が方言すぎてツラすぎる』(通称「沖ツラ」)の3月2日放送のエピソード9「くくぬち(#9) すごいぞ! イリオモテヤマネコ!」の8分台のところで説明されていたものである。そして、まだこの話にはオチがあるのだが、さすがにそこまでを露わにはする気はない。
 
東京から父親の仕事の関係で、高校進学と共に沖縄に引っ越してきた「てーるー」が、声をかけてくれた「ひーなー」に好意を寄せるが、その「うちなーぐち」がディープ過ぎて、何を言っているか理解できないことを中心にした、クラスの皆との日常を描く。一話で5つ6つくらい、「沖縄あるある」を丁寧に紹介してくれる。「内地」とどんなに文化が違うかについて、その事実や背景を解説するのである。
 
この「沖ツラ」、沖縄では驚くべきことが起こっている。沖縄にある3つの民放が、すべて放送しているのだ。番組を追いかけるWebラジオ番組もあるのだが、地元ではとにかく大変な騒ぎなのだそうだ。
 
沖縄については、沖縄戦のことを、しばらく熱心に調べていたことがある。インターネットで情報が得られないような時代であり、ヤマトには沖縄の新聞社の本も出回っていなかった。数少ない書物から情報を得、ついに新婚旅行で沖縄の戦跡を訪ねることで、ようやく沖縄の空気を吸い、地元で売られている本を買って帰ったのであった。
 
当時私は、「沖縄病」に罹っていた。ある程度基礎的な知識が身につくと、何気ない報道を聞いても、沖縄はどうなっているか、考えを及ぼすようになった。音楽にも注目したし、沖縄を背景にした映画をよく見るようになった。地味な映画だったかもしれないが、『小さな恋のうた』は、MONGOL800の歌を基につくられた割には、ただのロマンスだけではなく、米軍基地を、しかもそこにいる人に光を当てた形で描くなど、印象に残る映画だった。
 
沖縄の基地反対運動を揶揄するような人もいる。きっと、沖縄戦というものについて、何の興味もない人なのだろうと思う。無知は怖い。あるいは、知っていて馬鹿にしているのだとすると、これは悪魔的な行為であるようにしか感じられない。
 
かといって、少しばかり沖縄戦のことを調べた程度で、うちなーのことが分かる、などというような顔をしているように見えたら、それはとんでもない誤解である。しょせん私も「やまとんちゅ」である。私が「ろう者」がどうの、と語るのと同様で、何も分かっちゃいない。ただ、陰でこっそり、味方になってもいいですか、と遠慮がちに囁く程度がせいぜいなのだろうと思う。
 
アニメ「沖ツラ」は、地上波のカバーは多くないが、今どきはインターネット配信で視聴できる、というのが通常のスタイルになっている。とても明るく、青春のちくりとした気持ちを描く物語は、大人にとっても楽しめること、請け合いである。



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