公立高校入試の日に
2025年3月5日

今日は、福岡県立高等学校の一般入学者選抜の学力検査の日。つまり入試当日である。
毎年、中学生たちの成長を見守っている。小学生のときから通う子もいるし、中学一年生から、という子もいる。不安そうな、幼い表情が、だんだん逞しくなってゆく。中三になってから突然通い始める子もいて、最初からキリッとしているように見えるが、学習塾に通うことが初めての人もいて、学校とのあまりの違いに戸惑う様子も当初見られたものだった。
しかし、とにかく一概にどうということはできない。その生徒その人により、様々だ。一人ひとりが、課題を抱え、慣れてゆき、指導に従うことで成長してゆく。
目標は、もちろん高校進学である。希望の学校を受験できるところまで学力を身に付けることが、まず必要である。毎日、授業や宿題での、ほんのわずかずつの前進であるかもしれないが、絶え間ない前進であるため、習得すべき内容は雪だるま式に増えてゆく。しかも、それをアウトプットするための訓練が半端なく続く。
もちろん成人しても、会社の中での試験や訓練があるだろう。資格試験に挑むということもある。そのときは、自分だけの目標ができて、孤独な中で精進しなければならないことだろう。学生時代に経験した、試験のための営みが、また活かされることになると思う。
テストの前日には、塾に来てはならない。翌朝は早いから当然のことだが、それまで中三生は、毎日呼び出してラストスパートをかけていたから、急に家に独り置かれると、不安に思うかもしれない。それまでは、周囲に仲間がいた。教え合うこともあったし、冗談を言って笑い合える間もあった。だが、究極の場が近づいた。そこは他人を頼るわけにはゆかない。独りである。
その場では、「謙虚な自信」をもっていてほしいと思う。慢心は禁物である。だが、不安に苛まれるのもよくない。このバランスは絶妙だが、それさえも、模擬試験を通じての練習にて養ってゆくのだろう。ただ一度の入試本番のために、できることをし、準備をし、訓練されてゆくのだ。
察しの良い方は、ここまでですでに想像しておいでのことだろう。信仰生活とは、こういうものであろうことを。