自然とのふれあい

2025年2月9日

子どもがまだ幼稚園児のとき、幼稚園まではたいてい歩いて連れて行っていた。15分間で着くくらいの距離ではあったが、行きはともかく、帰りはもっと時間がかかった。途中に田んぼ道があるところをわざわざ通っていたのだ。
 
春先などは、特に楽しい。レンゲソウもあったが、タンポポはもちろん、ナズナからスズメノテッポウやオオバコなど、遊べる草花がそこかしこにある。いまはあまり推奨できないが、ツツジの蜜も吸うようなことをした。ハハコグサやホトケノザなども、ちゃんと教えながら日々歩いた。オオイヌノフグリの名前の意味も、喋ったかもしれない。
 
モンシロチョウ、というより、多くはスジグロシロチョウであったが、ひらひらとよく舞っていたし、ミツバチはもちろん、クマバチは藤棚には常駐していた。そのうち田んぼに水が引かれると、泳ぐヘビにも出会ったし、問題に挙がり始めたジャンボタニシも、少々気味の悪い色を呈しているのが見えた。
 
特に珍しい草花を教えたわけではないし、私もだいたい似たような環境で育ったから、それ以上のことは教えることができるわけではなかった。ただ、ザリガニやカエル、あるいはフナが当たり前のようにいた小川の環境は、昨今は様変わりしたように感じた。
 
幼稚園は14:00に普通終わる。それから後も、しばらく園庭でわーわー遊ぶのが普通だった。私は本を手に、息子が帰る決意をするのを待つのが普通だった。私の出勤時刻は、その頃は一番遅かったので、なんとかそれが許されたのだ。
 
しかし、午後真っ盛りの頃に子どもを迎えに行く、という生活スタイルは、このごろはすっかり廃れてしまった。社会が、そのようなお迎えのシステムでは機能しなくなったのである。息子の通った幼稚園も、ついに廃園となった。対して、保育園は各地で需要がますます高まっている。そもそも管轄が違う組織であり、幼稚園のような教育目的とは異なるとされる保育園であるが、ここのところ、教育機能を有さない保育園は、殆ど考えられないようになっている。通園途中の自然との触れあいも、もしかすると廃れているのかもしれない。
 
その後息子は、高校などで、自分が「自然」に、正に自然に触れあっていたという経験を感謝することがあった。なにも大袈裟なことのために連れ回していたわけではないのだが、今となっては、確かにそうであるかもしれない。教室で小中学生に尋ねても、ツユクサもレンゲソウも通じない現実に出会うと、草花や虫などと出会う体験は、決してどうでもいいことではないのだ、と思わされる。身近な生き物との関係をもたない人間が増えすぎると、どう自然と関わってよいのかも分からないことになるという懸念がある。それがそのまま大人になると、経済目的のためなら自然破壊も正義という判断を下しかねない可能性が大きくなる。
 
私も別に、偉そうに自然を知っているなどとはとても言えない身分である。せいぜい関心をもって写真を学ぶときに草花や虫を対象に選んでいたが、自然をよく知る理科の先生に、私の調べた名前が違いますよ、とずいぶん訂正されたことがある。草木の名をよく知っていた母の世代は、もう過去のものとなってゆく。公園に、木の名前を書いた札が時折掛かっているが、その果たす役割は、決して小さくはないと思う。
 
また春がくる。サザンカやスイセンがいまはわずかに花を見せているが、サクラの芽が確実に膨らんでいる。教室では、花芽と葉芽との区別を必ず教えるが、子どもたちには実際に、観察してほしいと願う。日々、生き物に出会ってほしいと思う。



沈黙の声にもどります       トップページにもどります