賛美の歌について
2025年1月28日

「賛美」という言葉は、教会では歌のことを指して使うことが多い。もちろん「ほめたたえる」という意味で使うこともあるのだが、恐らく「賛美歌」のような歌のことを言う場合の方が多い。神を称えるための歌ではあるが、その歌の代名詞として、「賛美」というのだ。
新約聖書でも、イエスが弟子たちと歌を歌いながら歩く場面がある。牢に入れられた弟子たちが、夜中に賛美の歌を歌っていた、という記事もある。だから歌としての「賛美」の歴史は古い。そればかりか、旧約聖書の「詩編」というものが、そもそもそういう歌の歌詞であるだろう、と言われている。都詣でをするときに歌う歌として掲載されている詩もたくさんある。
黙示録だと、将来神の審きが成し遂げられ、永遠の神の国が現れる幻が描かれる中で、清い人間が賛美の歌をいつまでも歌い続けるような描写もある。
手紙の中に、信仰箇条と思しき文面が含まれていることが、近年の研究で定説となってきている。もしかすると、その文言にも、何か曲が付けられて歌っていたのだろうか。そのようにも思わせるくらい、聖書に歌はつきものである。
ダビデ王は、多くの詩を書いた詩人でもあり、楽器を奏でていた、というように記録されている。楽器と共に歌っていたであろう情景が目に浮かぶようである。弦楽器や木管楽器など、多様な楽器がそれを奏でていたことであろう。聖歌隊もあったし、音楽的になかなか充実していたのではないだろうか。
中世のグレゴリオ聖歌は、音楽史においても非常に意義あるものとされる。譜面が残っているからだ。残念ながら、詩編の言葉、つまり歌詞は分かるのだが、どのような曲であったのか、は知ることができない。それに対して、グレゴリオ聖歌には、今とはずいぶん違うが、譜面というものがある。それは歌声だけであったが、楽器がなかったかどうか、私は知らない。その後バロックへつながる古音楽には器楽曲も多いから、伴奏が入る歌があってもおかしくはないのではないか、とは思う。
オルガンそのものは、ずいぶんと古い歴史をもっているそうであるが、教会音楽のために用いられるようになったのは、13世紀頃である、という報告がある。長い付き合いであるが、そこから数えても千年と使われているわけではない。それなのに、近年になっても、ひととき、教会でギターやドラムスなどとんでもない、と言われた時代があった。そればかりか、ピアノも御法度だった、という教会もたくさんあった。やっぱり教会音楽はオルガンでしょ、ということのようだが、残念ながらそのオルガンそのものの歴史は、決して絶対不変のものではない。
音楽に対する考えでも、自ら作詞作曲が好きだったルターに対して、カルヴァンの方にはそういう才能がなかったためか、詩編の他に歌う歌詞を用いてはならない、という厳しい態度をもっていたと聞いている。音楽に対する考えも様々である。
ワーシップソングという言い方が流通し始めたのはいつだろう。今から40年ほど前に、そういう言葉が日本の教会で使われ始めていたように思うが、もちろん英米ではそれ以前からあった。ポピュラー音楽で使われる楽器や演奏形態は、教会音楽にもいち早く取り入れられる場合があったのである。
そういう新しい動きは、若者を教会に導くために非常に力になったはずだ。音楽が好きで教会に定着する若者も多かったことだろう。もちろん、ゴスペルという分野では、音楽的にも優れたものがずっと盛んであったことだろう。黒人の歴史の中で、賛美によって辛い毎日から解放されるような心地を得ていたことは、確かなことである。そういうゴスペル歌手が、一般のポピュラー音楽を発展させ、支える、ということもしばしば起こった。アレサ・フランクリンの映画は、とても心に残っている。
音楽は如何にして芸術であるのか。そのようなことを議論し始めたら、大変なことになる。もちろん私にそれを論ずるような力も知識もない。絵画や彫刻も芸術のひとつだが、どのようにして音楽もその芸術の一つであり得るのであろうか。それらを美しいと感じるとはどういうことなのか。まだ300年ほどしかない美学の歴史も、決して問題が解決されたわけではないはずだ。
ところで、絵画と音楽とは、決定的に違うところがある、といま見ておくことにする。教会では、絵画は偶像につながる、という懸念があったのは確かである。カトリック教会は特に彫像でも平気で飾るが、プロテスタント教会は慎重であった。しかし、絵画を偶像扱いするようなことは、基本的にない。ただ、礼拝では絵画的なものは尊重されず、音楽については、ここで触れたように、賛美という形で重視している。そこの違いについて、ひとつの視点から見つめてみようと思う。
コリント教会についてパウロが嘆いていることのひとつに、聖餐の問題があった。いまでいう聖餐というよりも、共に食事をする、という場面が想像されて仕方がないのだが、それにしても、先に来た者が食べて云々という、凡そ教会らしからぬ有様について、パウロがなんとかならないか、と憤っているのである。
絵画が礼拝に強く関わることはないが、絵画については、それを眺める人は、それぞれの時間の流れの中で鑑賞する。つまり、さらりと眺めて立ち去る人もいれば、ゆっくりじっくり立ち止まり鑑賞する人もいるわけである。
一人ひとり、それぞれに時間を用いて行う、という点では、絵画鑑賞も、食事も、同じようなものである。だが、音楽は違う。音楽は、一人ひとり別々の速さで歌うということはできない。皆が、同じ時間の過ごし方をしなければ、共に歌うということはできない。
思えば、音楽は「時間の芸術」と理解される場合もあるのだった。時間経過そのものが芸術の要素をもっている。絵画だと、時間的な制約はない。しかし音楽は、時間的な制約どころか、速さなどのルールも伴い、演奏する人々は、互いに共通の時間の中で、音楽を生み出すことになる。聞く側も、同じその時間を経験することになる。
歌は、必ずそれを奏でる、あるいは聞く者たちを、ひとつにする。ひとつの時間の中で、共に音楽を経験する。礼拝説教もまた、共通の時間を人々に与える。時間に沿って流れる中で、語られる説教を神の言葉として受けるのである。しかし、中にはよそ事を考えている人もいれば、自分ひとり気になって聖書の言葉を調べたり読んだりしている人もいるかもしれない。
そこへ行くと、賛美を歌うときは、皆が同じ時間を経験している。歌が上手いとか下手だとかはあるかもしれないが、共に同じ時間の中で、ひとつの歌に、声や心を合わせる恰好になる。賛美を歌うのは、教会がひとつに揃うときなのだ。
教会を一つにするのは難しい。同じ霊に導かれていたとしても、皆が同じ考えをもっているわけではない。信仰で重視することも、それぞれに少しずつ違う。無理矢理、教会ではこうします、と決議したとしても、それを望まない人もいるだろう。一つになる、というのは簡単なことではない。
しかし、賛美の歌は、時間の中で、曲がりなりにも教会がひとつになるチャンスである。賛美という一致の経験を重ねることで、教会は他の面でも、ひとつになれることを学習するであろう。ひとつになる備えをしていることになるかもしれない。
この賛美を軽く見るような教会は、教会になることができないのではないか。パウロが手を焼いたコリント教会では、この賛美の問題が浮かび上がることはなかったが、もしかすると現代世界では、賛美を軽視することが、一致を経験しない教会であるケースであるかもしれず、そのような教会にいまもしパウロがいたら、私たちはしつこくお説教を食らったかもしれない。
賛美について、偽クリスチャンが、理解を示さなかったというひとつの事実を私は知っている。自分の歌をひとに聞かせてほめてもらいたかったが、一緒に声を合わせて歌うことが嫌で、賛美しましょうというと小馬鹿にしていた。最初、どうしてそんなことをするのか分からなかったが、後で偽クリスチャンだと判明した。
共に賛美することで、教会はひとつになるひとつの足場を築くことができるだろう。もちろん、それで十分だというわけではない。私は「説教」というものをそこに加えたいが、いまは、この賛美の意味に気づいたことで、お話を区切ることにしよう。