新たな年へ
2024年12月27日

夢を与えるような知らせもあれば、痛ましい事件や事故の知らせもあった。憤りを呼ぶような知らせもあった。それは毎年のことである。いま、2024年が暮れてゆく。
いつも繰り返すように、一年の区切りなど、極めて人為的なものであって、この日が新たな年の始まりでなければならない理由は何もなかった。冬至のイメージから決められたとも言われるが、冬至の観測ができていたにも関わらず、冬至の日をメルクマールにはしなかった。
いっそ、クリスマスから一年を始めればよかったのかもしれない。この辺り、キリスト教を受容した、ローマ帝国が世界の基準になっているから、別の文化の人々からは、不満が漏れることが予想される。否、そもそもクリスマス自体が、なんだか曖昧な根拠によって定められたのだ。
だから本当に、新年とはよく分からない日である――以前まで、そのように思っていた。すると、「国立天文台」なるウェブサイトに、簡潔に分かりやすくその辺りの事情が説明してあった。
325年のニケア(ニカイア)宗教会議において、「春分の日」が「3月21日」と定められたことが、一年を刻むカレンダーの基準になった。そのようなことがそこには記されている。そしてその説明の結びには、確かに「天文学上の理由があって「1月1日をこの日とする」と決めたものではありません」と書いてある。
現在の標準的な暦である「グレゴリオ歴」は、16世紀の終わり頃から使われて始めており、現在もこれに則っている。一年を365.25日と定めた「ユリウス暦」は、紀元前よりかなり正確な暦として使われていたが、実際は一年は365.24219879日と分かってきたので、長年の間にはズレが生じることが分かってきた。そこで、400年に3回、閏年に当たる西暦で4の倍数の年に、閏日を設けないことにしたのだ。もしそのままユリウス暦を使っていたら、今頃は13日ほど後れた日付になっていたことが計算されている。
この辺りの計算をさせる入試問題も現実にはある。中学入試である。もちろん、決して無理な計算を思いつかせるものではなく、根拠を十分説明した文章を読ませて、その指示に従って計算をさせるのである。
2025年は、歴史の年号として三つのことを憶えなければならない1925年から、百年を数える。ずいぶん遠い過去だったような歴史が、まだ百年である。あるいは、あれからもう百年も経った、と思うべきだろうか。
阪神淡路大震災から30年という時を経ることも、感慨深い。あの揺れを京都で味わったことは、からだから消えることがない。震源に近いところにいた人、被災された人は、もっと深いところに刻まれていることだろう。
その年、オウム真理教事件が起こった。亡くなった人もいるし、後遺症に悩む人もいる。30年という時は、事件を世間から忘れさせるに十分な年月である。今年、村上春樹の『アンダーグラウンド』と『約束された場所で』を読んだ。今頃読んだのか、と呆れられそうだが、この貴重なインタビューを、一人でも多くの人が受け継いでゆくべきだろうと強く思う。特に後者は、キリスト教会に関わる人には、必読であると私は考える。ひとが何を悩み、何に惹かれてゆくのか、それをたくさん教えてくれるからだ。
退屈な文章をお読みくださり、ありがとうございます。どうせなら、何か違う視点に出会う機会としてくだされば、との思いで綴っております。何かの助けになれば幸いです。なお、年末年始の日曜日から日曜日まで、特別企画として、昔書いてみた小説を、全8回に分けてご紹介します。旧約聖書のある物語をノベライズしたものです。