能登半島の人々

2024年9月30日

能登半島を、突如大地震が襲ったのが、2024年の元日だった。半島という地理的な要因もあって、復興の歩みが遅れていた。そして9月、集中豪雨が襲った。
 
地震から、新しい住まいを再び、と立ち直りかけた人を、水が押し流す。その建物も、畑も、財も、そして心も。私はさしあたりその危険を感じないところから、何も言えやしない。
 
神よ、どうして。災害や戦争などの報道に、そう叫ぶ人も気持ちが、全く分からないわけではない。だが、神のむなぐらをつかんで文句を言いたい、というような言葉を聞いたとき、スッと自分の心が醒めるのを覚えた。――どうしてだか、自分ではそのとき分からなかった。どうしてだろう。少し見つめ直すことにした。
 
その言葉は、しかし祈る、というところへ流れていたから、神に暴力を働くということが目的ではなかった。一種のレトリックだということは分かる。あるいは、人目を惹くための「つかみ」だと言った方がよいだろうか。それは理解するのだが、私はそれにはつかまれることがなかったのである。
 
それは、私の中に、そのような発想や思いが、ひとかけらもなかったからだ。自分の中にないものが、暴力的に飛び込んできたので、対処の仕様がなかったのだ。
 
どうしてだろう。どうして神に問いただすような冗談が、私には通じなかったのだろう。顔から血が引いていくような感覚が起こったのは、何故なのだろう。問い続けてみても、答えはなかった。
 
私が神を信頼しているから、といった綺麗事は言えないはずだ。確かに、災害を前に疑問を呈する人に対して、それは神の思し召しなのだ、それも神の計画なのだ、といった答えを返す信者もいると思う。冷たいと言われても、それが信仰なのだ、と聖書に従おうとする人もいるのだと思う。すると、人情厚い信者は、だから聖書の原理主義的な信仰は危険だ、とバカにする場合も出てくる。キリストもあの被災者と共に苦しんでいるではないか、といった説明をする人もいる。精一杯の慰めの言葉であるのかもしれない。
 
だが、私の血の気が引いたのは、そういうことでもないようなのだ。
 
もちろん偉そうなことは言えない。何もできないただの人間が、神はこうである、などと覚ったような言い方をすることはできない、と認識している。もちろん、被災者の気持ちは分かる、などと傲慢なことは、口が裂けても言えない。
 
それでも、何か言わねばならない。安全なところから、分かったふりをするようなことはしたくなくても、せめてもの想像力を働かせることを、せめて神には赦してほしい。もしも自分だったら、という呑気な空想を、一瞬だけ、許して戴きたい。生きることに手一杯で、なんとかこの場を生きてゆかねばならない、という情況に置かれたことが、ないわけではないからだ。切羽詰まったとき、自分のあらゆる財も家族も、地位も名誉も、何もかもが無意味に思えるという精神があると思うのだ。
 
厳しい中に置かれた当事者は、そのとき生きている以上、なんとか生き延びてゆかねばならない。カメラを向けられたある人が、「助けてほしい」の言葉だけを繰り返しているのを見た。説明はそこそこに、とにかく「助けてほしい」ばかりが口を突いて出ていた。生き延びるにも、自分たちだけではどうにもならない。助けを求める叫びが響いていた。
 
そういう場に置かれたとしたときも、「神よ、どうして」と問うかもしれない。が、そうしている暇もないほどの情況なのではないか、という気もするのだ。とにかくいま目の前の問題を超えていかねばならない。
 
「神よ、どうして」という思いを抱き続ける人は、言葉は悪いかもしれないが、「傍観者」なのではないか。自分は安全な場にいて、箱の中の映像としてそれを眺めている。自分に火の粉は降りかからず、自分に水は押し寄せない。そこにいて、気の毒な人々の映像を見つめながら、「神よ、どうして」と問うことの方が、災害に遭った現場で問うことよりも、圧倒的に多いのではないかと思うのだ。
 
日本精神に流れているとも言われる、「諦観」の故なのかもしれない。何もない荒野の中で神と向き合ったモーセのような立場にいたら、また違うのかもしれない。だが、いまそこで苦難の中にいる人が、神の胸ぐらをつかもうとする思いを懐くことは、めったにないように感じるのだ。
 
と、こんなことを言いながらも、胸が痛む。何の助けにもなれないし、むしろ現場の方々を傷つけ、苦しめる言葉ばかり並べているように思えて仕方がないからだ。これは、間違った考えであるような気がして仕方がないからだ。私がおかしいのだ。神学めいたところへ気持ちを向けるような反応が、私の中には全く欠落していただけなのである。
 
神との関係を与えられた者として、私にできることは、「助けてほしい」の声を聞くことから始まるものでしかない。私は、そこに遣わされている。



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