滅びかかっている

2023年3月30日

出エジプト記はあまりに古い時代のことを描いており、学問的に調べた人によると、書かれた時点から考えると、千年前の出来事を筆記したのではないか、ともいう。事の真偽はさておき、それだけ古い内容だと、書かれてある記事も相当に奇想天外なことも多い。
 
果たしてこの出エジプトの出来事そのものが、たとえ脚色されていたにせよ、起こったのかどうか、それを確かめる術もない。信仰者は、神学的な問題意識で読むことが許されると思うが、それにしても、目を円くするような内容に圧倒される。
 
たとえばその出エジプトそのものについてである。エジプトの王は、なんとしてもヘブライ人たちを失いたくない、それは分かる。しかしヘブライ人の指導者を買って出たようなモーセには、神の力がある。神から与えられたその杖を用いると、様々な奇蹟を行うことができた。それでエジプトを困らせて、否が応でもヘブライ人よ出て行け、というようにもっていきたいのである。
 
ナイル川を血に染めても、蛙が国に溢れても、王は脱出を許さない。許可したかのように見えても、事態が少し治まれば、また「だめだ」と言う。虫でもへこたれず、ついに疫病が来ても、王は民を自由にさせなかった。天変地異には慌てたが、それが過ぎればまた元に戻った。
 
今度はいなごがエジプト全土を覆った。作物を食い荒らした風景は、かつてない被害をもたらした。このとき、王の家臣がたまりかねて進言する。
 
家臣はファラオに言った。「いつまでこの男は私たちの罠となるのでしょうか。あの者たちを去らせ、彼らの神、主に仕えさせてください。エジプトが滅びかかっていることが、まだお分かりにならないのですか。」(出エジプト10:7)
 
王はモーセたちに、直ちに許可を与えた。ように見えた。しかしこの頑迷さはまだ続く。最後には、いわゆる「過越祭」のオリジナルの場面になるので、聖書をお読みの方はよくご存じのことになるだろうと思う。
 
この戯画的な描写に、私たちはしばしば嗤う。この王は馬鹿ではないのか。いくらヘブライ人が奴隷として役に立っていたからと言って、国が滅んだら本末転倒ではないか。どうして気がつかないのか。
 
否、私は言う。気がつかないのだ。ひとつの例が、地球環境問題である。これはもちろん私もらくだの背中にわらを何本か載せているから、誰かを非難しているわけではない。しかし、少しばかり自分に知識があると自負する者は、地球環境を悲観的に見るのは間違っている、などと言う。経済成長が大切だ、などと批判の矛先を変えさせるのもうまい。でも、それでよいのだろうか。
 
少子高齢化社会や人口減少も深刻な問題といわれている。だが、これも専ら政治が悪いと言っておけば、私たちは責任を負わずに済むものと自らを許しているのが現状ではあるまいか。繰り返すが、誰かを非難しているのではない。「滅びかかっていること」がまだ分からない見本ではないか、ということを考えたいのである。
 
いま、キリスト教会でも問題は深刻である。環境問題にはあまり関心がないように見受けられるが、人口減少は教会の存続に直接響いてくることになる。それで、もはや教会員の増加を考える必要はない、などと言い出すところも出てくる。教会を新たに訪ねる人が少ないのは少子化などのせいであり、自分の責任ではないのだよ、という言い訳は、自分の責任を軽くするためには役立つであろう。予防線を張るわけである。
 
もしそうなると、もはや聖書はどうでもよいらしい。だが、伝道はイエスの命令である。人に救いを伝えること、幸せになる道を語ることをなくしたら、教会とは何のためにあるのか、全く理解できない。社会正義を標榜しても、救いをもたらすことは気にすることなく、教会は人の「居場所」になろう、という提言があったとしたらどうだろうか。ちょっと聞くと尤もらしいもののように思えるが、誰の、なんのための居場所なのだろうか。提言する本人が自分の居場所をお願いしますと言いたい心理を表しているだけなのかもしれない。
 
教会組織をどうするか、のビジョンは立派であっても、それが、どこの会社組織でも通用するような文言ばかりが並んでいるとしたら、それはもはや教会ではない。組織ではあっても、教会ではない。人を増やすことは望めないから、いまいる者が満足できるような組織を保持しよう、というような考えは、人々の救いや喜び、幸福といった観念をシャットアウトしてしまう。そうした命の言葉という視点が分からない提言の中には、なんだか組織論として尤もらしいことが並べられているに過ぎないだけなのに、それに慣らされた者たちもまた、なかなか気がつかない。
 
正に、「滅びかかっていることが、まだお分かりにならない」典型的な状態なのである。エジプト王のそばにいたあの家臣たる存在は、一人もいないのだろうか。



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