見えなくても、触れるもの

2022年12月24日

 「星があんなに美しいのも、目に見えない花が一つあるからなんだよ……」
 ぼくは、<そりゃあ、そうだ>と答えました。それから、なんにもいわずに、でこぼこの砂が、月の光を浴びているのをながめていました。
 「砂漠は美しいな……」と、王子さまはつづいていいました。
 まったくそのとおりでした。ぼくは、いつも砂漠がすきでした。砂山の上に腰をおろす。なんにも見えません。なんにもきこえません。だけれど、なにかが、ひっそりと光っているのです……
 「砂漠が美しいのは、どこかに井戸をかくしているからだよ……」と、王子さまはいいました。
 
――ここで「ぼく」は、美しさの魔法という秘密をかつての古い家にも隠していたことを思い出す。【これは説明】
 
 「そうだよ、家でも星でも砂漠でも、その美しいところは、目に見えないのさ」と、ぼくは王子さまにいいました。(『星の王子さま』サン=テグジュペリ作・内藤濯訳・岩波文庫p150-151)
 
説教者は、聖書のほかで、特に愛している本のひとつとして、この『星の王子さま』を挙げた。砂漠が美しいのはどこかに井戸を隠しているからだという言葉に、この世界が、イエスがいる故に美しさがあるという理解を重ねることができた。
 
だが、今年私たちは、戦争の現実を知らされた。逃げ惑う人々と、破壊される建物を、私は今日も、ぬくぬくとした部屋から、テレビという窓を通して見ている。まるで自分がこの戦争の犠牲者であるかのような幻想すら浮かべ、同情する自分が心優しいかのように錯覚しながら、よその庭の戦争を遠くに見ている。
 
戦争のために、皇帝アウグストゥスは忙しかった。説教者の指摘に、背筋が伸びる。そのための住民登録だったのだろうか。ほかに、マリアを迎え入れることのなかった町の人や旅人たちも、忙しかった。私の生命と財産を守る「国家」は、戦争のための備えに忙しいらしい。
 
だが、まだそれを憂う心が、どこかに生きている。暗闇の中に輝く光に気づく魂が私の内にはたらいている。あの羊飼いたちのリアルは、文面だけからはよく分からないが、羊飼いたちは、確かに天の光を見た。ヨセフとマリアは、仕組みはよく分からないにせよ、住民登録のためにここまで旅してきたが、そもそも羊飼いたちは、登録の必要もないほどに、人間のうちに数えられていなかった。野蛮で、教養もない、ただの肉体労働者として荒野で羊を従えていたかもしれない、羊飼いたち。だが、神の恵みなのか、選びなのか、イエスの誕生のときに、ごく僅かな人数でしかないであろう、彼らがそばに来るよう呼ばれていた。
 
新共同訳ではルカ2:9は「主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らした」と訳されている。聖書協会共同訳では「主の天使が現れ、主の栄光が周りを照らした」となっている。説教者は前者の「近づき」で読んだ。そしてその言葉の意味としては、非常に近く迫ること、手の届くところにあること、そうした語感があると言った。その語を、説教者は、「肩に触れる」という豊かなイメージで私たちの前に浮かび上がらせた。
 
天使が来て、あなたの肩に触れるのです。
 
繰り返されるこのフレーズが、今年のクリスマスに臨場感を与えた。恵みが体感できるということを合点した。
 
人が喜びもしない言葉を、癖のように吐く。説教者は、自分の嫌なところであるかのように、人間の醜さを吐露した。だがそれは、この私のことだった。この私自身が変わらない、という説教者の嘆きは、正に私のことだった。
 
しかし、だからこそ、天使が来るのだ。否、来たのだ。天使が来て、私の肩に触れる。あのユダヤの郊外で、羊飼いたちに触れた同じ天使が、今日も来る。ここに来る。神が自ら栄光を捨ててキリストを野ざらしにし、ぼろ雑巾のうに捨て去ることになる、その運命の赤児が生まれたときに、「いと高き所には栄光、神にあれ/地には平和、御心に適う人にあれ。」と歌った天使が、いまここに迫ってくる。それを言葉で体験させる説教は、そうそうあるものではない。
 
まだまだ語り尽くせない、クリスマスイブ礼拝の輝きが、胸の中をぐるぐると蠢き、そしてあたたかなもので満たしてゆく。仕事が今日だけは早く終わるので、帰宅してすぐにこれを聴くことができたことに、感謝してもしきれない思いを覚える。手話通訳から遠ざかった妻は、このメッセージを、手話で伝えたいと感激して話していた。
 
神は、あの羊飼いたちに見せた奇蹟の出来事を通して、新しい世界の歴史を始めたことを、説教者は強調した。これはお伽噺ではない。空想の産物ではない。確かな出来事であり、歴史の中の出来事である。そしてまた、それは今日、いまもなお起こり続ける奇蹟の、最初の物語でもあった。そう、いまここに、また起こっている。イエスは、今日もまた、生まれている。ほかならぬ、私の中に。私のために。



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