本でも読んでいなければやっていられない
2020年5月4日
かつて生みだした曲を形にしたり、ちょっと絵を描いたりもしたけれど、あんまり上手くできないことは、結果を見れば分かります。そうしたら、本のほうに目が向くしかなくなりました。制約は少ないので、本を読む・読む・読むという時間の使い方をするようになりました。そんな巣ごもりです。
幸い、本は捨てるほどあります。実のところ読めていない本もありますので、昔からある本の中から、この機会に、と掘り出すこともできます。哲学の全集は揃えたものの全部は読めていないのが殆どですから、腰を据えて取り組むこともできるはずです。が、なかなかそうはいきませんね。でも、研究するためではないので、もっと気楽に読めばよいのではないかという気もします。とにかく、素材に苦労はしません。
小説をあまり読まないでここまで来たので、日々読む本の中にひとつは小説を入れるようにしています。日々、というのは、一日10冊以内ではありますが、並行読みをするからです。一冊に没頭する、というよりも、少しずつ、日課のように触れていくようにしているのです。他人様にこういう読み方をお勧めするわけではありません。私のやり方です。
逃避なのかもしれません。でも、逃避できるのはまだ幸せなのだ、とも思います。心を耕す、そこに文化の本質を感じとることができるとすれば、文化のほうに幸福感を得られるというのはとても幸せなことなのだ、と。
あ、聖書は、この冊数にはカウントしないことにしています。それは日課と呼ぶわけにもゆかない、命の言葉ですから。パンも必要ですが、命の中核は、こちらなので。