衛生の大切さ
2019年11月2日
台風などによる水害の報道に胸が痛みます。しかし現場の方々は痛むどころの状態ではなく、疲労困憊と絶望に襲われているのではないかと思うと、言葉もありません。何もできないことを心苦しく思います。
都市機能が、気候変動に追いついていないのではないか、などとも感じます。もちろん、災害を単純に温暖化のせいにするということも慎まなければならないでしょう。炭素量の増加に対抗しようとする知恵と労力も取られていますし、人間は打つ手なく立ち尽くしているわけではないはずです。気候の変化も、古来いくらでもあったことでしょうから、単純に何かのせいにするというのはただの逃げの口実となってしまうかもしれません。しかし、これくらいの対策で十分、それ以上は想定外、というのか責任者の言い訳であるとすると、腹立たしくなるのは事実です。津波による原発事故に関しては、そのような言葉しか、為政者や会社からは出てきませんでした。毎年繰り返される水害についても、結局そういうものなのだろうかと思うと、やるせなくなります。
もちろん予算には限りがあります。対策をどこまでするのか、防止をどこまで計画できるのか、それは有限な作業となるでしょう。しかしまた、一旦害が大規模に起これば、復興のためには莫大な費用が必要となるのも確かです。ただでさえ赤字国債云々と破綻すれすれの国家経済を運用している中で、災害は致命的な影響を与えかねません。かつてリスボン地震のためにポルトガルがどうなったか、殆ど考慮されていない――リスボン地震のことを調べようとしてもネットにも書籍にも実に少ない――ことが、私には不思議でなりません。
しかし、いま必要なのは、とにかく今日明日の生活をしなければならない被災した方々のことです。ボランティアもたくさんの担い手が駆けつけてくださっていて、敬服します。そのボランティアには、時折学生も手を挙げるといいます。が、そこでは体力的に役立つことでしょうが、十分な知識が具えられていることが必要になります。支援する私たちとしても、心得ていなければならない視点を強調することもまた、必要になると思われます。
それは、「衛生」ということです。確かに壊れた家屋や浸水した車などは、「画」になります。報道はそういうところを視聴者が欲していると信じ、見た目の派手な被害を映し出します。視聴者もそれを見て被害の甚大さを知り、同情の心が強くなるかもしれません。しかし、より深刻な問題、つまり人命を直ちに奪う可能性の強いものは、目に見えないところにあるのです。それが「衛生」です。
泥水に浸かった家屋その他には、土中の細菌がそのまま残っていると思われます。水が引いて仮に家が元の姿を取り戻すことができたとしても、目に見えないこの細菌に対する対策を、すなわち消毒などを十分行わなければ、住むことができません。そしてそれは、携わるボランティアの方々にとっても同様です。泥を掻き出すということは、細菌に囲まれているということを、十分自覚しておかなければならないのです。しかも現場では怪我をしやすい環境にあります。作業中に切ったり刺したりする可能性が多いわけで、そこに細菌が待ちかまえているという状況にどう対処するか、対策が必要だということです。
こうして、避難所もそうですが、感染症対策が十分に図られておくべきだということが言えます。とくに口腔に関しては体力を失う大きな要因となることが、ようやく少しずつ知られるようになりましたが、保温にしろ何にしろ、とにかく周囲にはどんな感染源があるか知れないという状況の理解が欠けると、危険です。
よく途上国の援助に行く団体が、現地で奉仕をして手伝うのが目的なのではない、と口にします現地の方々が、自分たちで何かを始めるきっかけを提供することが大切なのだ、と。そのとき、実は衛生面での教育というものが如何に大切であるか、それは現場の方々がしみじみと口にしていることでした。衛生教育が必要だ、それで人は生きることができるようになる、少なくとも無知の故に死や病が拡がることを防ぐ力になる、というのです。実に、ナイチンゲールが何故看護の改革をしたかというと、この衛生に関することでした。なにも彼女が献身的に看護したとか、良い薬をもたらしたとかいうことではありません。ナイチンゲールの主張の中で、しつこいくらい「換気」が強調されています。衛生状態の改善がどんなに大切であるかを熱心に説いているのです。そして女王にかけあって、衛生環境を調えることのために金を出してくれと願います。彼女の生涯は、ほんのわずかな看護現場の時間の後には、このような折衝に用いられていたと言われます。それほどに、公衆衛生の知識と実践は、人命を守る第一の根拠なのです。社会保障制度には4つの柱があり、保障と保健と扶助とに並ぶ一つがこの公衆衛生であることの意味を、私たちは十分覚るべきではないでしょうか。
どうぞ被災地の衛生が守られますように。その知恵を伴って働くボランティアの方々が力となって、腹腔へ向かいますように。何もできないことをもどかしく思いながら、祈りつつ今日を過ごします。
【追記】土壌の消毒のためにたとえば消石灰を使うことがあるそうですが、今度はこれを吸い込むことで体を害するということもあると聞きました。多くの困難があります。健やかな生活へと戻るための働きが助けられますように。