毎日少しずつ
2019年1月10日
日課のように、一日少しの文章を味わうという趣旨の本があります。昔はスポルジョンの本で祈りを教えられるなどもしましたが、日めくり感覚でその日に言葉を開かれるというのは、自分だけの世界に閉じこもることから解放してくれるので悪くありません。近頃は、世界の明言のようなものからもそういうのが売れていたようですが、一日の量としてはできれば少ないほうが長続きしそうです。
いま私は、昨年末に手に入れた二冊を、1月ではなく、12月末から開いています。
ひとつは『み言葉の放つ光に生かされ』(加藤常昭)という「一日一章」。本はA5ほどの大きさですが、分量は多くなく、無理なく読めます。加藤先生のものの考え方は他の本でも触れていますので、ここにある短い中にこめられた思いもよく伝わってくるような気がしますし、もちろん聖書からのショート・メッセージとしても教えられることが多々あります。
もうひとつは、『一日一文』(木田元)。現象学の教授でしたが、5年前に他界。かつての単行本が、文庫の形で新しく刊行されたばかりです。こちらは広く哲学や文学などからも引かれ、振れ幅が大きいのが特徴です。著者の好みで引かれていますが、教養のためにも十分楽しめます。人物の紹介も短くされているのがまたよく、極めて短い時間で見通せます。
前者は古書店で200円+税で見つけて思わず手を出したものでした。後者はある方から有難く戴くことのできた本で、これらは殆ど金銭的負担なしに手許に届いた本だと言えます。
ノルマのように考えると嫌だと思う方もいらっしゃるでしょうが、毎日の習慣のようになると、むしろそれがないと落ち着かなくなるようにさえなります。その人の生活や考え方、性格によるとは思いますが、毎日少しずつ、というのは私には合っているような気がします。そうでもしないと、怠けて何もしない、というのが本当のところのような気がしますけれども。
さて、聖書もそうやって読みますか……な。