『交響曲「第九」歓びよ未来へ!』

2018年10月2日

『交響曲「第九」歓びよ未来へ!』(くすのきしげのり作・古山拓絵)
 
2018年の4月に出版された絵本。その後6月に、この絵本の出来事があってちょうど百年を迎えるということで、作られたようです。
 
徳島県鳴門市にかつてあった、板東俘虜収容所。第一次世界大戦において、日本は日英同盟の故に、ドイツを敵としていました。ドイツ兵は中国で捕らえられていましたが、5000人ほどが日本に送られることとなり、日本のいくつかの収容所に分けられました。そのうちの一つがこのバンドーの収容所でした。
 
絵本は、小学校に転校してきた女の子が、皆が難しい言葉の歌を歌うことを不思議に思ったことから始まります。それはドイツ語の、「第九交響曲」の第四楽章・合唱付きの有名なフレーズでした。この町では小学生でもドイツ語が皆歌える? その理由を、祖母から聞くという、絵本の中の入れ子構造となっている説き明かしです。
 
詳しく追いかけることは控えますが、捕虜のドイツ兵を、収容所の所長・松江豊寿が人道的に扱います。生温いのではないかという周りの非難をよそに、どのような境遇にあっても、人間らしく生活できるようにと努めました。松江はドイツ人が文化的な活動をすることを認め、喜び、協力も惜しみませんでした。楽器も借りたり、作ったり。
 
その結果、1918年6月1日、ベートーベンの「第九」が演奏されました。実にこれは、この名曲の、アジア初演だったということです。
 
演奏は人々の心を打ちます。そしてこの出来事が、平和の象徴として語り継がれていくのです。そう、この合唱はどんな歌詞だったでしょう。絵本はその意味を繰り返し示します。
 
「すべての人々は兄弟になる」
 
悲しいことに、第二次世界大戦が始まるとともに、この事実は忘れ去られてしまいました。が、戦後ある高橋春枝さんが収容所の跡地で慰霊碑を発見します。彼女は他人事とは思えず、墓を守り続けました。夫がシベリアに抑留されていたからです。夫が後に戻ってくると二人してこの慰霊碑を守るようになり、このことがドイツに知られるようになることで、鳴門とドイツとの交流が始まったのでした。
 
この町に育つ絵本作家が、故郷のこの出来事を知ってほしいと絵本を製作しました。
 
平和とは戦うことだという詭弁があらゆる祈り願いを踏みつぶそうとしているかもしれない昨今、人間として尊重することは何なのか、絵本は静かに訴えます。そして、バンドーの子どもたちはあたりまえに、いまも歌うのです。
 
「アッレ・メンシェン・ヴェールデン・ブリューダー……」(すべての人間は兄弟となる)



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