『わが指のオーケストラ』
2018年9月28日
まだ手話を覚える前、いや、妻が教会で手話を習いたいと言っていた頃のこと、教会のろうの方に、これを読むようにと貸してもらったマンガがこの本でした。私はこの本で、高橋潔という方の名前を知りました。というより、ろう者の置かれた立場や手話の歴史について、初めて知ることとなり、衝撃を受けました。これを読んだからこそ、私も手話を知りたいと思うようになったのは事実です。手話というものが気になり始めた方には、どなたにもお勧めしたい本です。
東北に生まれ音楽を志した高橋青年は、その夢を断念せざるをえなくなり、大阪の聾唖学校に赴任する。そこで聾の故にコミュニケーションが取れず暴れる一作という子と出会う。傷つけられながらも、彼の心を知った高橋は、ついに彼の心が手話によって世界に開かれるのを知り、手話という言語の偉大さを覚る。高橋が手話で語る物語に心を揺らす子どもたちを見て、手話がオーケストラの音楽を奏でていることを確信する。
他方、時代は口話教育に傾いていき、手話を学校で禁ずるように決められていく。大阪はこれに抵抗するが、口話教育推進者は、ろう者が手話を使っていては、社会に出られないという考え方で、それなりにろう者のことを考えてのことではあったため、高橋たちの大阪は異端者となる。しかし高橋たちは、手話がろう者たちのコミュニケーションであることと、逆に手話が認められるような社会にすべきだという方向性で闘う。
大阪は、ヘレン・ケラーと接触し、日本語の指文字を作ったことでも知られています。現在の指文字はこの方式そのものです。そして彼らが願った方向性は、現在手話を言語として捉える考え方で生かされていると言えるでしょう。物語も、口話教育が行き詰まっていく方向で終焉を迎えていきます。
マンガには、ろう者の置かれた立場が酷いほどに描かれています。社会にどのように扱われていたか、ぜひ聴者は知るべきだと思います。ほかでもない、聴者が、その酷いことをしてきたのです。戦争責任について真面目に考える人が、自分はろう者虐待には関係がない、などと言うことはありえないでしょう。関東大震災のときに、朝鮮人が虐殺されたことはよく知られていますが、その時に、日本語が正しく発音できない者が殺害されていきました。そして、ろう者も答えられない故に、同じように殺害されています。マンガはこうしたことも描いています。
さて、口話教育推進のために大きな影響を与えたのが、政治の場面での決定です。口話教育推進に多大な影響を与えたのが、当時文部大臣だった鳩山一郎(こことは関係がないが滝川事件にも関わる)でした。このことで、その孫の鳩山由紀夫氏が、高橋潔の娘の川淵依子さんに謝罪をしたことが後に分かっています(『高橋潔と大阪市立聾唖学校』川淵依子著)。なお、川淵さんは仏教徒ですが、二人の鳩山氏はクリスチャンだと言われています。
また、このマンガには全く描かれていないことですが、高橋潔はクリスチャンであり、手話讃美のはしりは彼だと思われます。ろう者には宗教教育が大切であると考えましたが、キリスト教を押しつけず、仏教の賛歌も使い、手話で宗教になじむように尽力しています。現在、ろう者の中に占めるクリスチャンの割合が聴者よりも高いのは、彼の功績があるのではないかと私は考えています。
私はこのマンガをきっかけに、大阪市立聾唖学校のことや、川淵依子さんの著書にも触れるようになりました。こうしたことを踏まえて初めて、ろう者たちが訴えていることの意味が少し分かるようになりました。残念ながら、川淵依子さんの本『指骨』(このマンガの原案)だけは、どうしても入手できず、どこかで読めないだろうかと探しています。この言葉の意味はマンガの最後で明らかになりますが、どなたかお持ちではないでしょうか……。
初心に返るべく、私はこの度、文庫版で購入しましたが、大きな版のものも出ています。文字が小さくても差し支えない方には、文庫版をお薦めします。また、山本おさむさんはこのほかにも、ろう者に関する作品があり、『遥かなる甲子園』『どんぐりの家』が有名です。機会があればお手に取りご覧くださいますように。