キリスト教と仏教

2017年12月30日

ここのところ、よく思わされることがあります。日本の神学は西洋の神学を学んできました。確かに、キリスト教の歴史は西洋の歴史と歩みを重ねてきたのですから、当然のことかもしれません。けれども、西洋文化はキリスト教だけからできているのではないし、ギリシア文化というもう一つの支流をもち、また様々な土着の文化を背景にして今日まで築き上げられてきました。市民社会の形成のためにキリスト教もまた役立ちましたが、別の原理によっていまキリスト教だけでは済まされない社会や国家のあり方が根底にあるものと見なされるようにもなりました。
 
日本では、カトリックはスペインやポルトガルという時代から始まり、バチカンの下に立つ頑丈な城をもっていますが、プロテスタントは、アメリカとドイツから多くを学んできたように見えます。それらの神学は互いにかなり異なる面がありますから、聖書理解から礼拝の形まで、意見の合わないところもあるでしょう。それでも、独米の神学が中心となり様々な学びをいまなお受けているといえます。
 
聖書という共通の土台の上で話ができますから、確かに通じる話をしているようではあります。けれども、礼拝にしろ宣教にしろ、構造は実は全然違うのではないか、という気がしてならないのです。つまり、表向き対話は実りのあるもののようでありながら、独米の神学から教えられたことは、日本で適用することは無理、あるいはそもそも間違っているのではないか、とすら思うことがあるのです。
 
(今さら言うのもおかしいのですが)長くなりそうなので(これでも)端折ります。欧米の神学者は、そもそもキリスト教文化漂う世界で生まれ育ちました。日常の言葉や習慣までキリスト教由来のものに包まれています。教会に行くのも当たり前であったりもするし、いわばキリスト教や聖書は空気のような存在としてその中で生きてきました。あるときそれが信仰の自覚をもち、聖書を詳しく調べていった、あるいは神学を学んだのではないでしょうか。あるいはそれを学ぶのが出世のために必要という時代もありました。
 
FEBCで2017年後期から放送中のラジオドラマ「嵐の中の教会」(ブルーダー)は、ナチス政権下の教会を描いていますが、その中でも、一牧師の赴任から、家の中で埃をかぶっていた聖書を村人たちが、真剣に信仰のことを考えはじめるという流れがあります。それまで教会は、村人たちの寄合に過ぎなかったのです。
 
日本人が神学を学ぶときは、そういうものではないでしょう。牧師家庭に育った故にキリスト教文化の中で育まれた人もいるでしょうが、そういう人でも教会の外に出れば、キリスト教は空気ではなくなります。クリスマスシーズンでもクリスマスカードではなく年賀状と「あけましておめでとう」に切り換える生活をするのが普通でしょう。
 
同じ聖書を間に置き、同じ信仰で語り合ったとしても、語る当人の受けた文化が違うのです。体の成分が異なるようなものです。
 
これについて私は常々、日本人にとっての仏教を考えるのがかなり適していると考えています。仏教は素晴らしい知恵であり、苦を逃れる、あるいは乗り越えるための考え方として優れた思想であるように見受けられます。しかし日本の仏教は必ずしもインドで起こった仏教とは違う形で発展しました。民俗信仰と混じりながら歩んできたのかもしれません。そしていまも日本では仏教用語が日常語として使われ、生活習慣の中にも仏教由来のものが多々あります。生まれてから死ぬまで仏教文化に包まれ、浸って生きる日本人です。そしてそれだけ当たり前のように仏教の風土に生きていながら、はて仏教思想をどれほど知っているかというと、怪しいものです。祖父が住職であった私でさえ、般若心経を知っているとか、十牛図や捨身を少し知るとかいう程度。一般には、花まつりすら、それ何と言われそうです。それでも家の宗派が何であるかは法事なり葬儀なりでは強く意識せざるをえなくなります。
 
そんな日本人が、ふとあるときに仏教思想に目覚め、さとりを、とまではいかなくても、信心を意識し始めたら、仏教書を読み始め、これはよい考えだということで深く研究した……それとキリスト教神学とを比較するのもおかしな話ですが、欧米の神学者の構図はこれに近いかもしれないわけです。少なくとも、そういう風土の中でキリスト教を扱い、捉え、自分のものとして生活している人が、生まれた文化とは違うキリスト教思想に熱心である日本の神学者と対話をしている姿を想像すると如何でしょうか。時折仏教に帰依した西洋人がいて、そういう人と日本の仏教学者が話をするとき、確かに相手はよく勉強をしているには違いないけれども、果たして、同じ釜の飯を食った仲間だと感じるのかどうか、分からないと思うのです。
 
もちろん、こうした出会いには個人差があります。あくまでもひとつの図式として、思い切ってざっくり切り取った形でイメージして戴くことを求めたに過ぎません。
 
日本にとり仏教は外来思想です。その点、神道とは系統が違います。外来であるために、西欧のキリスト教に比較することが可能ではないか、という視点から、いろいろ考えてみた次第です。しかし日本の為政者と民衆はこの外来の仏教を日本式に取り入れました。つまりいくぶん変形させて取り入れたのですが、それは日本人の得意とする方策であったかもしれません。そうでありながら政治史がはっきりしてからは仏教が日本文化を築いてきたことは指摘してよいと思います。その背後に、神道思想が元来あったわけで、仏教輸入のときには神道の神と仏教の仏との戦争があった、と理解している人もいるくらいです(手塚治虫の「火の鳥」の中にもそういう構図のものがありました)。しかしその神道はいまもやはり大和魂であるかのように私たちの体の奥底を支配しているのかもしれません。では神道とは何か。まさか国家神道がそれだ、というのはお門違いです。もっと奥深いところで、得体の知れぬものがこの国の空気の中にある、ということは、芥川龍之介が天才的に指摘したものですが、私たちの「不安」を何かしら司るものであるのでしょうか。
 
除夜の鐘を聞きながら、日本人クリスチャンの血肉、そして内なるキリスト、そんなことを問いかけてみるのは如何でしょう。そして、神学や解釈において、欧米のものだけがすべてではないことを確認し、いまや中南米やアジア、アフリカの福音の勢いの強さとそこで証しされている命の輝きに、目を向けてみることは、さらにお薦めし、共に担っていきたいと思います。



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