京都
2017年8月16日
京都(市)で16年間暮らしました。哲学をする場所として、親に無理を言い、ひとりで生活をしてみようと出ました。親には多大な負担と心配をかけました。でもおかげで、「生きる力」が養われました。たくさんの失敗や経験を重ね、しかし命に関わるような危険からは守られ、過ごすことができました。
貴重な文化に触れました。それは、必ずしも観光という意味ではありません。その空気を吸い続けてみなければ分からない、文化というものがあります。住めばよいというものでもありませんから、京都にいてもしょせん田舎者に過ぎませんでしたが、好意的に接してくれる人に恵まれ、支えられてきました。
ひと任せではなく、なんでも自分で当たり、経ていくこと。生活の細々としたことから、社会的な手続きまで、なんでも自分に必要なことは自分でぶつかっていかなければいけない。そこに「生きる力」が必要であることは、後になって分かりました。とくに、経済的事情から殆どすべて自炊にしたことは、「食」すなわち「命」についての知恵と実践を余儀なく強いられ、それにより、様々な真実を体験することができました。
信じるものと、妻とを、その京都から与えられました。そして、子どもたちも。
妻の実家は、京都府とは言っても、京都市から100kmほど離れた地でありますので、年に一度帰省しても、なかなか京都市内には行けず、休暇と日曜日との兼ね合いの中で、母教会の礼拝にもなかなか出られませんでした。その母教会でトラブルがあり、牧師から相談を受けたときにも、ただ肯き支え祈るしかできなかったのですが、その牧師の拓いた小さな教会の礼拝に、今年初めて加わることができました。信仰の話ができるというのは、教会としてなんと心うれしいことであるのか、実感できました。私たちは、信頼するように、招かれているのですから。
息子は来年、修学旅行で京都を訪ねます。この息子は、京都生活を知りません。それで午後、京都市内のプチ観光をしてきました。教科書で聞いただけの地を実際に踏み、眺めて貴重な体験をしました。そして、彼にとり母親が学んだ大学病院や、兄たちが生まれ育った場所などを回って見せてきました。
ずいぶん変わった郊外、千年の間変わらない文化財。それでいて、パン消費量が日本で一番多い地ともいわれる、ハイカラな新文化を受け容れる人々。その中に、観光地は、世界中の言語が飛び交っていました。英・仏・独に中・韓くらいならば聞いてそれと分かりますが、さっぱり分からない言葉もありました。金閣寺で、古風な出で立ちで交通案内をしていた係員が、英語も交えて動きをさばいていたのも、確かにそうだなと思いました。
どんな異文化であれ、それを尊重するというのは、その文化を自分の文化に従わせることではなく、互いに認め合い、向き合い、近づき合おうとするものでしょう。見る限り、外国から来た観光客たちは、日本の文化に従い味わおうとしているようでした。外国の文化を大切にしているように見せながら、実は自分の色に染めてしまう傾向のある日本の文化のことを、少し考えていました。それは私の中にも、私たちの中にも、巣くっていると思うのです。