『弱き時にこそ 癌を告知された夫婦の日記』
澤正彦・金纓
日本基督教団出版局
\1553+
1989.10.
どこで知ったのだろう。「キリスト教徒日曜参観事件」のことは、もしかすると当事者の澤知恵(ともえ)さんの音楽を通じてであったような気がする。いま一般に沢知恵という表記で音楽活動をしているシンガーソングライターである。訴訟の原告が澤知恵他三名となっているから、11歳で訴え、判決が出たとき、15歳であったことになる。
その事件のことを気にかけながらも、父正彦は、半世紀を生きた生涯を閉じた。妻は韓国の人であり、正彦が韓国に留学したり、韓国に日本の戦争責任を覚えて活動をしていたことに関係しているとも言えよう。
ともかく本書は、2人の、死を見つめながらの一か月半ほどの記録であり、その日記については基本的に原文のまま掲載しているというから、これはもうプライバシーの塊である。それについて私がいろいろここで公開することは控えるべきであろう。本書をお読みになった方が、知ればよいだけのことだ。
澤正彦牧師は、丈夫な体であったように見えたが、病魔が蝕んでいた。癌の告知そのものは、比較的間際になってからだったという。1989年2月から、この記録は始まっている。先の訴訟の判決は1986年に出ているから、それを何らかの形でまとめておきたいという願いもあったらしい。また、韓国キリスト教史についても、完成を願っていた。意欲はあるものの、肉体が受けつけなくなってゆく。
折しも、4月から、新しい教会に招聘されて牧師として働くことになっていた。もちろん、病気の悪化に伴って、先の教会には連絡をとり、祈って考えてもらったのであるが、4月から説教をそこですることになっていた。そのことに関する感謝と、そこで語るべきであった説教内容についても、本書は辿っている。
韓国文化から見て、日本の風習の違う点や、やろうとしたことが通じなかったことなども、時折交えているが、夫を支える妻の纓が泣きそうになるのもこらえて綴られている文字が切ない。時に、その本の多さに辟易している様子からすると、私よりも本がたくさんあるようだ。あるとき戴いた何十万円を一度に本に替えてしまったというふうな話も盛り込まれていたから、私には到底真似ができない。本を送るのにどれだけの箱が必要だったかなども驚くべきことだし、その整理も大変だった。私の場合は、ここにある本はどうしようもなく棄てられるしかないのだろうと諦めているが、キリスト教関係の、なかなか手に入りにくい資料として役立つものが幾多もあるので、どなたかに活用してもらえたらいいのだが、と密かに願っている。
新しい赴任先で説教をするという目標を掲げて治療に専念するが、如何せん、病魔は澤牧師に対して手加減をしない。しきりに「丸山ワクチン」の名が出てくる。昔はよく聞いた名だが、今以て未承認薬であることは知らなかった。それでも有償治験薬として用いられている。
そうした治療についての話と経過も記されるが、医学的な観察に基づく記述はない。夫妻どちらも医療従事者ではないので、専門的知識がないのだ。だから、より家族として、一人の患者とその配偶者としての「こころ」がたっぷりと描かれていると言える
キリスト者であり、牧者とその妻である。自分が他の人々に何を言うべきなのか、も分かっている。しかし1989年のこのとき、癌告知はいまだかなりの決意を要するものだった。そういう時代であった。それでも、「死」というものについて語り合うことを二人は始め、止めなかった。そして「キリスト万歳」と口にするほどに、澤牧師は透明になってゆく。
日記を書くこともままならぬようになってくると、最期には、姿もずいぶんと変わり、食事も摂れず、また昏睡でおかしなことを口走ることもあった。纓さんは、録音を試みている。最期の何日かの言葉がはっきりと遺っているのは、この録音の故である。また、死の間際のこのような会話を、正確に知る機会は、私たちには案外ないものである。貴重な、そして極めてプライベートなこの声を公開してくださり、感謝するばかりである。
本書は、澤牧師が亡くなった後にも、振り返る言葉が幾つかの角度で載せられている。娘たちからパパへの言葉に、悲しみはもちろんあるにしても、明るさが感じられるのは、クリスチャンとしての信仰の故であることがよく伝わってくる。また、あと数日というところで新しい教会で説教がついにできなかった澤正彦牧師であったが、妻の纓さんがその最初の礼拝で説教をしている。そして、その後もその教会を支えてゆくこととなる。
今日でこそ、韓国文化を日本人は歓迎していると言えるのだろうが、あの頃は韓国自身も不安定な政情であったし、日本への感情も非常に悪かった。その時代に、日韓の架け橋となろうとした澤牧師の功績は、もっと過大に評価しなくてはなるまい。そのことに気づかせてくれるというだけでも、本書は力強く私たちに迫ってくるし、もちろん万人に対して、向き合わなければならない「死」というものに対する態度のためにも、素晴らしい実例によるアドバイスとなるのではないだろうか。

た
か
ぱ
ん
ワ
イ
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