『ツユクサナツコの一生』
益田ミリ
新潮文庫
\800+
2026.5.
2024年、第28回手塚治虫文化賞短篇賞を受賞。その作品が文庫になった。私はその文庫で出会った。
とぼけたドローの腺は、巧い、と唸らせるものではないが、惹き混むものをもっている。ただ私は純粋に、本作との出会いを大切にしようと思った。
14頁ずつの、章が20連なっている。そのままの順序で読むべきである。最終話も付いている。各頁は、横長の4コマからできている。その中程に、通常コマが1頁2列でできている。形式がずっと同じなので、安心して読める。
第1話は、「これは漫画家/ツユクサナツコの/物語です」から始まる。マスクをしている。コロナ禍に於ける話だ。その話題も必要に応じて出てくる。ドーナツ店で仕事をしている。32歳、漫画家である。ウェブに漫画をあげているらしいが、全くメジャーではない。終わりがけで、レギュラー連載の話が舞い込むし、出版の話も最後に関わってくる。
横長のコマは、現在のツユクサナツコの姿である。そして通常コマの4頁、つまり4×8行のコマが、ナツコが描いている漫画である。そのリズムがとてもいい。最初に現実でナツコが出会った日常の、何気ない言動が、どのようにコマ漫画に活かされるのか、それが魅力である。切り取り方もいいが、言葉の投げかけ方がとてもいい。これは、漫画家が、日常生活の中でどういうヒントを得て、それをどのように漫画の仕事の中に使うのか、という見本のようになっている。思えば、こういうことを延々と暴露するような漫画に、私は出会ったことがなかった。現実にはこういうことがありました、それを漫画に活かすとこのようなものができます、というわけだ。
そのコマ漫画は、「おはぎ屋春子」という。ドーナツ店で働く自分と微妙にずらしながらも、並行的にネタを用いることができるシチュエーションである。毎回そうであり、パターンが最後まで続くかと思われたが、第13話で別のキャラクターの漫画に変わった。「ちょっと/ちゃうやつ/描いてみよかな」と始まるそれは、バイトをやめた大学生が客としてきていたのを見たときだった。大学生を描いてみたのだ。
コロナ禍なので、マスクはもちろんだが、年老いた父親がワクチンを打ちに行く件が何度かある。また、戦争が起こっているというニュースもちらりと聞こえてくる。
そうした会話だが、ひとつのテーマで会話が長く掘り下げられることがない。父親と何か話そうにも、ひょいと話題が切り替わることがある。その絶妙な呼吸というか、タイミングというか、とてもリアリティがあって、いい。家族の話というのは、そのようなものだ。
また、店でのトラブルも特になく、客とも店長とも、当たり障りのない会話があるだけである。ツユクサナツコも、誰かと真摯に論じ合うようなことはしない。だが、自分の中では問いかけが始まる。人生とは何か、というようなテーマが過るのであるし、その問いかけを自分の中で解決をするというのでもなしに、いつまでこのようなことをしているのだろうか、という不安のようなものと、それを払拭してとりあえずいまできることをしよう、という私たちの極めて日常の感覚が、等身大で描き抜かれている。その飄々とした姿が、何か問題が気になりながらも、なんとなく日々を過ごしてゆく小市民のあり方をとてもよく表現してくれているような気がするのだ。
ハイデッガーなら、迷わず頽落のことだ、と指さすだろう。確かに、誰もがおちゃらけて毎日を過ごしているわけではない。何かしら問題意識もあるのである。だが、その問題意識に全身が捉えられたら、身動きができなくなる。まあいいか、とりあえず、と目の前のするべきことに手を染めるだけなのだ。
第14話では、ついにナツコが漫画の主役になる。「ツユクサ日記」と、自分の中の人生への問いを、動きのない画の中で、呟いているばかりだ。そしてここに、植物のツユクサが登場する。「まるで」「朝咲いて」「昼には/しぼんでしまう」「ツユクサみたいに」とコマが流れるのは、その前の問いで、「ある日突然」……「時間までもが」「消えてなくなったら?」という不安の問いにつながるのだった。
目次の前に、この「ツユクサ」についての解説がある。そこには、「朝咲いて昼にはしぼんでしまう、はかない花」と記されている。これが、本書のテーマとなり得る最大のポイントである。
次の話からは、企画された動物キャラによるほっこりする漫画、という線に沿って、ネコを主役にした作品が載せられる。その後、再び「ツユクサ日記」が、その日にあった出来事を踏まえてかつてと同じように描き始められるのであるが、タイトルの「アイスクリーム」がどうなるんや、という気持ちて、また同じか……という油断が、私の予想の脈絡を破壊した。
その後、これまで積み重ねられたエピソードが恰も伏線であったかのように、物語が追加されてゆく。とても切ない、そして、決してドラマチックになれない、現実の人生を突きつけられた気持ちがした。そこで改めて、本のタイトルを見つめるのだった。
私たちは、何を描いているだろうか。はかない夢ではないことが多いだろう。日常の、あくせくした自分の姿に偽りを載せながら、そんなものさ、と笑ってみせているだけであるのだろうか。
心をかき乱す1冊を、私は通勤電車の中で、泣きそうになって読み終えた。

た
か
ぱ
ん
ワ
イ
ド