本

『翼の翼』

ホンとの本

『翼の翼』
朝比奈あすか
光文社
\1600+
2021.9.

 中学入試に採用されることの多い作家として有名である。が、本作は採用できるのだろうか。調べてもよく分からなかった。AIは文脈を読み誤っており、他の作品が入試で使われているという記事に対して、この『翼の翼』が採用されたと誤記されていた。私が知っているのは『ななみの海』である。やはり入試問題で出会い、気に入って小説全体を読んだのだが、そういう作家の作品とあれば、ある程度の信頼が置ける。内容については知らないままに、作家名だけで手に取ったという具合である。
 だが、まともに中学受験が小説のすべての場面である。最初から最後まで、そうだ。それも、親の「狂気」とまで呼んでもよいような、子どもへの圧を描ききっているのは、親として読んでいても辛いわけで、これを当の中学受験をする小学生に読ませるというのは、心理的には余りにも酷である。これは中学入試問題に使えないのではないか。使えば、問題集にも採用される。子どもは、親がこんな目で自分を見ているのか、と知ってしまう。もちろんその親はそうではないかもしれない。が、そんな疑いで見る道を覚えてしまう。私が受験生の親だったら、とても子どもには見せられない。
 それよりも、本作は、中学受験をさせる親の視点で終始書かれている。すべては母親である円佳の視点である。夫の真治と息子の翼とのやりとりというのもあるが、円佳の耳に入ったものと理解しても多分いいだろうと思う。だからかもしれないが、むしろ本作は、中学受験をさせる親が読むべき作品となっている。ある方面からは、親の「バイブル」だという声も高い。
 翼が小学校2年生のときから物語は始まる。全体は三つの時期に分けられ、章のタイトルが「八歳」「十歳」「十二歳」となっている。それぞれ、ほぼ同じくらいの分量になっていると言えよう。
 学校名やテスト名は、実在の名前は使っていない。だが、ああいう学校のことだ、あのようなテストのことだ、と推測できるようにはなっている。だから、実際の中学受験をさせる家庭の姿としては、大変リアリティがあるものとなっている。
 翼は、本を読むのが好きで、水泳教室が大好きな男の子。母親が、小学生テストを一度受けさせてみよう、という気持ちになり、翼も乗り気になる。母親自身はそういう受験の経験がないが、父親は経験があった。高いレベルの中学には合格できなかったが、中堅どころに合格したのである。全国テストなど受けると、学習塾に勧誘されてしまうぞ、と学習塾の商売的側面から警戒している。
 いろいろ悩むが、案の定定評のある大きな塾に翼は通うことになる。沢山の成績順のクラスが設定されているが、その最高も望めるようなクラスに属したのだ。ところが、国語には自信があるが算数にやや見劣りのする翼は、やがてクラス落ちを経験する。翼本人は、親が怒るという点だけが気がかりであって、塾通いはしたいと言う。親の心を読み取ってそうやっているのではないか、と読者が考えるようにも描かれているように思う。
 円佳は徹底的に翼を管理するようになる。真治は単身赴任のため、そばで見てやれないから、円佳がとにかくタイムキーパーから何から、ものすごい毎日を過ごすのである。
 円佳は円佳で、ママ友グループの中で複雑な気持ちをもっている。また、ネットで中学受験をさせる母親たちのグループで書きこみもする。その母親たちのグループの中での腹の探り合いのようなものも巧みに描かれている。
 そのため、読んでいてものすごく気持ちが悪い、と漏らす感想も見かけた。そう。当の学習塾で働いている私からすると、とてもじゃないがいい気持ちのしない物語なのである。だが、それは大変リアリティがあるからである、とも言える。
 単身赴任から戻った真治が、高学年の翼に対するようになると、俄然ヒートアップする。スパルタという程度のものではない。鬼コーチにより罵声を浴びせられ、同じ問題を何度も解かされ、解く速さも訓練される翼は、見ていて憐れで仕方がない。微々たる反抗もあったし、事件性ある行動にも出るが、いよいよ成績が下がり、最高の学校などはもう無理だと判断した真治は、受験などやめてしまえ、とまで言う。実際、給料の点でもう多額塾費用が出せなくなってきていたのである。そのため円佳もパートの仕事に就く。その中で久しぶりに会うママ友たちとの交わりの中から、円佳は幾らか人間らしい心を取り戻してゆく。
 内容を書きすぎてしまったかもしれない。だがこの息が詰まるようなやりとりは、場面が家庭の中に限られた描かれ方をしているからでもあるだろう。実に息苦しいのである。
 本当にこんな家庭があるのか。やや大袈裟に書かれているものの、読者の評判は、かなりのリアリティをここに見ているようだ。そして実のところ、作者自身が、子どもに中学受験をさせたことがあると言っているのを私は聞いた。だから、確かにこれはリアリティがあるはずなのである。
 中学受験をさせようとお思いの方、特にお母様。どうぞ、お子さんには決して見つからないようなところに隠して、本書をお読みください。




Takapan
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