本

『「集団の思い込み」を打ち砕く技術』

ホンとの本

『「集団の思い込み」を打ち砕く技術』
トッド・ローズ
門脇弘典訳
NHK出版
\2400+
2023.5.

 ざっと言えば「集合的幻想」のからくりと、それへの対処法を示した、ということだろう。誤った情報でも、それが誤っているという保証はどこにもない。問題はそれに対してどういう選択を本人がとるか、である。しかし、その現象がただ個人において起こるのではなく、集団で起こってしまう。つまりは、社会全体がそちらに動いていく。これは怖いことである。
 著者は、心理学の分野であるという。脳科学も少し取り入れていく。だから、これを科学という目で見ていることになる。巻末の「原注」が充実しているように、学的な根拠をこめて語っている点も信頼性を増すであろうし、ハーバード大学の人気教授ということで、アメリカで非常に売れたものらしい。それが一年という時間差だけで日本でも翻訳されたというわけである。
 タイトルの上には「なぜ皆が同じ間違いをおかすのか」とあり、原題に伏せられた文句と近い。本文だけで300頁あり、なかなかの大部である。これが、心理学の理論で埋まっていたら、ベストセラーにはなり得なかったであろう。本書の良さは、その具体例にある。九つに分かれた章のそれぞれが、一つひとつの物語であるかのように、生き生きと語られる。これがかなり面白いのである。歴史的なエピソードもあれば、著者自身の体験もある。人々によく知られた人物や出来事から話が盛られることもある。その変化が、読者を飽きさせない。
 ただ、それらが面白いために、いったい読者自身、何をどう気をつければよいのだろうか、という点を見失う可能性はある。オモシロ話を読んで気分がすーっとする、というための本ではなかったはずだ。
 もちろんこれはアメリカを舞台としている。社会制度や習慣が、日本にいる私たちにとりしっくりいかないこともある。人間性や文化性についても、同じであるとはとても言えない。同じ「信頼」と言っても、キリスト教信仰を土台としており聖書文化をベースにしている中で言われることと、日本におけるものとは、多分にズレがあるだろう。しかし、周囲に安易に同調することは実は最大の「身勝手な行動」だという指摘を、よくよく胸に納めておく意味はあるだろう。だが、自分という一人の人間の考えをしっかりもつ勇気を以て考えを述べることが、果たして私たちにできるのかどうか、それは未知数であり、可能性が薄いなどと言えば悲観的に過ぎるだろうか。また、自分の信念を基に声を挙げて、人を信頼し、そうした人々が力を合わせよう、というような希望的観測で終わって、それで良かったのかどうか、私はまだ疑念を抱えている。
 この日本社会との関係については、「訳者あとがき」にも描かれている。本書全体を概観もしているから、案外本文より先に見ていてもよいかもしれない。頭の中に地図ができることだろう。ただ、日本社会における同調圧力については、アメリカ国内で分析する事態とは、相当違うものがあるように私には思われる。それをなにも、牧畜文化と農耕文化の違いなどで説明しようとは思わないが、同様なモチーフで、日本人著者による本が出るのが楽しみな気もする。




Takapan
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