本

『その本は』

ホンとの本

『その本は』
又吉直樹・ヨシタケシンスケ
ボブラ社
\1500+
2022.7.

 古びた本である。頁の周囲からシミが中央へ向けて押し寄せる。いや、それがデザインである。
 絵は、確かにヨシタケシンスケであろう。だが文章は、どちらの作者の手によるものなのか、分からない。どのようにして本が作られたのか、そういう楽屋裏の話は一切ない。それがプロである。芸人であり、作家であるのだろう。
 そして、この二人の、奇蹟のコラボと呼ばせて戴こう。
 並の芸人や作家ではない。ひと味違う。他の同業者とは明らかに一線を画した存在である。その二人が、共働して生みだした作品である。
 ごくごく短いものもあれば、短編小説と言えるほどの長さのものもある。とにかくたくさんの物語がここに含まれており、次々と繰り出される。そのすべてが「その本は、」で始まる。一発ギャグのようなものもあり、少しばかり引っ張るものもあるが、それらはまるで舞台での漫談のようでもある。だから又吉さんのものだろう、とも思われるが、考えてみればヨシタケシンスケ氏の絵本と全く同じような流れだ、と思える場合もある。だから分担は分からない。
 設定は、物語の入れ子構造である。最初、その本は、この本のことであり、この本が登場する。その本のあらすじは、などとかいてある。本の好きな王様がいたが目が見えなくなってきたので、二人の男が呼ばれる。作者の二人である。「めずらしい本」についての話を聞き集めてくれ、とのミッションを2人に授ける。旅に出た2人がやがて戻ってくる。そして語り聞かせたのが、千夜一夜物語のように並べられる、といった構成である。
 そう、章立てのようにして、内容は十三夜にまで至る。しかしその第十三夜は、まだ生まれていないこれからの本であるために、集められたものは十二夜で終わる。これはシェイクスピアの喜劇『十二夜』を意識しているのだろうか。
 漫才のネタのように次々と現れる話は、くすっと笑うものや、シュールなもの、時折スベるものもあるように見えるが、なるほどそんな見方があるものか、と感心するものも少なくない。よくぞこんなことを考えるな、と半ば呆れながら、面白がっている自分を見出す気になることもある。なんだか、読者が自分を見つけるためにも、これらの物語があるようなふうにも思えてくるから不思議である。
 そう、不思議な魅力に溢れている、というのが、せいぜい言えることなのである。
 ただ、私は第7夜には泣いた。これは40頁ある力作である。交換日記形式の部分が多いが、どうしようもなく泣けてきた。私自身、1年間くらい交換日記をしたことがある。1人は男子だったが、1人は女子であった。恋仲だというわけではない。生徒会の関係である。しかし、それだけ心を打ち明けて毎日書いていると、微妙な感情が芽生えるのも事実である。それでいて、恋愛感情になるということはない。そのアンバランスなところと、この物語とが接触すると、心が揺れ動くのである。だから、交換日記という経験がない人が、この物語をどのように受け止めるのかは分からない。私だけが、こんなに泣いてしまうのかもしれない。その意味を含めて言うが、これは名作である。
 内容も雰囲気も様々な物語が満載であるのは、世界中からこれらの本についての話が集められたからである、という設定である。だったら、どこかに、読者の琴線に触れる何かと出会うものが潜んでいるだろう、とも思える。本が好きである人ならば、そんなものが数多く見出されるに違いない。  いい本である。




Takapan
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