本

『知って役立つ キリスト教大研究』

ホンとの本

『知って役立つ キリスト教大研究』
八木谷涼子
新潮OH!文庫
\829+
2001.12.

 2013年発行の『なんでもわかるキリスト教大事典』(朝日文庫)を見て驚いた。教会マニアと言うと失礼だが、実によく教会のことを調べている。翻訳の仕事をする中で、英語から訳すのに、どうしてもキリスト教関係の言葉が難しいということが一つの契機となってキリスト教文化に関心をもち、調べたのではなかったか、と記憶しているが、定かではないので眉に唾をつけて聞いて戴ければ幸いである。
 ほかに私が読んだものとしては、『もっと教会を行きやすくする本』(キリスト新聞社)がある。これは、キリスト教サイドからの要望に応えるようなものであった。教会への行き方やアピールの仕方などに、丁寧なアドバイスをして貰った、という感じである。雑誌Ministryに連載されていた内容をまとめたもので、先の本と発行年は同じである。
 さて、本書はこれらに先立つ著作である。2001年、従ってこうしたタイプのデビュー作であると言えるだろう。文庫に書き下ろしというから、ある意味でもったいない。これだけの分量の、そして力作であれば、大きな本でも売れたのではないだろうかと思う。
 巻末の80頁ほどはまるまる資料集だといえ、索引はもちろん、教派の一覧、歴史的な系譜、教派別の教会暦から教派別の参考文献リストなど、とてつもない量の情報が細かく記されている。文庫本だから文字がえらく小さいのである。
 その前にある「キリスト教゛会(ぎょーかい)用語表現集」から入れると、これらは百頁に達する。この用語表現集は、他に類を見ない優れたものである。教会内部の者が当然のように用いている専門用語を、事細かく指摘し、用例を入れて解説している。最初の辺りだけ見ても、「愛餐会」「証し」の意味が的確に説明してあるし、「植える」という言葉さえ用語としている。「覚える」「謙遜」「ご用」となると、どこが専門用語なのだというふうに見えるかもしれないが、ちゃんと教会独自の使い方があることに、信徒ならば気づくはずだ。これらまで網羅するような用語解説は、私は見たことがない。教会が、言い回しの閉鎖的なあり方を反省するためにはもってこいの素材ではないだろうか。
 さて、終わりから紹介を始めたが、全部で400頁を超えるこの分厚い文庫本は、まずは「あるある」の質問を並べることから始まっている。「どうすればクリスチャンになれるんでしょうか」「牧師などの聖職者って結婚できないんでしょうか」「教派って何の事ですか」など、教会外の人々にとっては分からないことについて、簡潔に答え続けているのである。しかも、教派によってその答えはそれぞれ異なるのであるから、誤解のないように気を使いながら、切り分けて答えるということは、普通の信徒にはなかなかできないものである。
 正に、著者が「大研究」を行っている故であり、その名に恥じぬ内容となっているように思う。
 著者は、キリスト者ではない。信者ではないのに、どの信者よりも、キリスト教全般に詳しい。驚くべき才能である。否、努力と言うべきだろうか。凡ゆるタイプの教会の礼拝に参加し、その都度話を聞くなどの経験を長い間重ねてきたからこその作品である。だから、一つの教会に留まる普通の信徒には、真似ができない結果を提供してくれているということになる。
 各教派の紹介も、簡潔ながら的を射たものが多く、教えられることが多い。かといって、決めつけてはならないことは当然であって、こういう性格がある、と言われても、すべての信徒がそうである、というふうに枠に嵌めるのはどうか、ということは常識である。読者の中には、アレが違う、コレが違う、と得意そうに告げる人もいるが、どうやらそれは研究者や神学者ではなさそうであり、狭い了見で告げ口しているような気もする。ひとつの叩き台として、これだけのものを紹介してくれたら、御の字ではないだろうか。
 後の著作でも特徴的なのだが、イラストを多用しているのはありがたい。儀式の場合の服装や聖堂のイラストは、視覚的に情報を提供してくれるわけで、正に百聞は一見にしかず、という言葉の意味を教えられるようにも思える。
 Q&Aについては、二段階に分けているのも面白い。先ず以て素朴な質問の段階と、細かな質問とを別扱いにしているのである。これは教育上の得策であって、一度にあれもこれも伝えることが適切ではないことをよくご存じである。讃美歌に教派ごとの違いがあるか、他の教派の教会の礼拝に参加することはあり得るのか、といった興味もよく分かるが、本当に暴力を否むクリスチャンは存在するのか、というのは耳の痛い話である。女性を聖職者と認めているのはどの教派か、と言われると、細かなことは私も即答できない。
 さらに、実際のクリスチャンにインタビューしているコーナーが、けっこう人間味を伝えていて案外面白い。もちろん、それが典型的であるかどうかは定かでないが、単に著者だけの思い込みの調査ではない、ということも含めて、温かなものが伝わってくる。
 私が読んだのは、発行からすでに25年を経てからであった。本書の価値を認めたいが故に、お願いがある。その後の世界での変化を鑑みて、何か変更があれば、改訂版を出してくださらないだろうか。そんなに沢山はないと思いたいのだが……。それから、これは聞き入れてくださらなくてもよいのだが、おもな異端とされる周辺グループについても、どこが違うのかの指摘があると、新たな信仰者にとり、助かる面が多いかと思う。本書には、それが全く触れられていないのである。もちろん、それは健全なことであるかもしれないし、そのこと自体が、キリスト教をどのようなものとして把握すべきか、という問いの答えになっているかもしれないが、単立教会については基本的に叙述がない。あくまでも組織としての教会や教派が紹介されている本であるから、信仰という問題を中心にしているのではなさそうであることも、素朴にここから受けた印象であったことも、申し添えておくことにする。




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