『遺稿集 主よ、このままに』
小川治郎
日本基督教団代田教会
1985.3.
1938年から1976年に至るまで、東京世田谷の代田教会の牧師を長く務めた小川治郎氏の説教集である。函のない本を入手したため、価格が分からない。きれいなハードカバー装丁なのと、自費出版に近い形態だろうと思われるため、比較的高価な設定となっているのではないだろうか。しかし、古書市場では何件か出回っている。
福音を語る優れた説教者の説教には、多く触れたいと考えている。小川治郎牧師の説教集は他にも拝読した。長く責任ある教会を牧会してきたことにも、その説教の力強さと真っ直ぐな信仰が現れていることかと思う。
決して新しい神学を披露しようなどというつもりはない。だが、新しい研究もきちんと学んでいる。要は神学ではない。神の言葉であるという聖書の捉え方によって、それを語ることで聞く者に命を届けよう、という熱い気持ちが伝わってくる。牧師の説教はそのようでありたいと思う。礼拝は研究発表の場ではないし、聖書講演会の会場でもない。
説教集としては三冊目にあたるが、三年前に亡くなった牧師を追悼する形で本書は出版された。説教者として特別に有名な牧師ではないが、有名になろうというようなつもりもなく、キリストに用いられる存在であろうとした人柄が、後を継いだ北島敏之牧師の「序文」に記されている。亡くなる二週間前まで説教を語り、ここに掲載されていることへの驚きも加え、敬意に満ちた「序文」となっている。
本書は大きく二つの部に分かれ、前半は「説教」を集める。これらは、1976年に名誉牧師という立場になって以降に代田教会の講壇から語られたものであるという。牧会の責任からは外れて、ただ聖書の言葉に沈潜する中で、多くの経験を踏まえて語られる説教を味わうことができる。1900年生まれの牧師であるから、80歳前後で語ったその説教は、年齢を感じさせず、生き生きと力強いものとして受け止められる。そのように指摘されなかったから、ご高齢の身での説教だとは気づかないほどである。
それは、「出エジプト記」からモーセという人物に焦点を当てたものが何度か続くが、その後は、「生きるということ」という題の下に集められたものが13並び、それは聖書講解というよりは、テーマ説教となっている。「生きがいについて」「病について」「死について」「来世について」など、主題を明確にし、聖書からそれについて自由に語る。もちろん、名誉牧師自身の経験や信仰がそこに集められているのであるから、人間味溢れる、だが聖書から聞くという姿勢に貫かれた、ユニークな説教となっている。とても読みやすく、読む側も素直に心を開きやすいものではないかと思う。
後半は「譬話」についての解説が集められている。雑誌『聖書の世界』に1952年から1954年にかけて連載されたものに筆を加えたものであるという。その加筆は、表現を新しい響きに改めるものが主眼であって、内容を大きく変更したわけではないようだ。
そもそも譬話とはどういうものか、どう向き合うとよいのか、という総論からそれは始まる。姿勢としては、「キリストのみ言葉がほとんどもとのままの形で保存されていると考えるのが正しい歴史的な見方であろうと思う」というスタンスをお持ちである。もちろん、福音書の成立の年代などを鑑みて、イエスの口から出た言葉そのものであるかどうか、という点では、史料的研究を蔑ろにするわけではない。だが大切なことは、私たちが「イエスからじかに聞くように努め」ることである。イエスが譬話で問いかけたことについて、私たちは「責任を持って答える」のでなければならない、と言っている。
それから、譬話の一覧を掲げ、その後一つひとつの譬話について、「略注」を逐語的に行い、「講解」という形で、短い説教のような文章を付ける。このスタイルで、19回(一箇所に同類の譬話を複数入れたものもある)にわたり、語り続けられる。それらは、とても素直な解釈である。時に、その後の研究や説教動向によっては、もう少し付け加えられるべきことや、やや異なる角度から検討して然るべきことも、読んでいて脳裏に浮かぶことがあるのだが、いまでもその譬話に向き合うときに、ここにある注釈や解釈は、先ず以て押さえておかなくてはならないことばかり書かれていると見受けられる。つまり、私たちがその譬話から説教をしようとするときに、これらの文章を踏まえ、そこから学ぶことは基本であろう、と思われるのである。
何よりも、小川牧師自身が、それらの譬話により命が与えられ、生かされているということが、よく伝わってくる。語る者自身が生かされることのない聖書の語りほど、空しいものはない。語る者がポンコツでも、語られた言葉から聞く者が生かされるということはあるだろうと思う。だが、語る者が輝いている説教は、その説教そのもの、そしてその礼拝そのものが、命に溢れているものである。神の言葉をいのちの言葉として語るその説教が、聖霊によって豊かに運ばれてくることを感じるのは、本当に恵みであるし、喜びに溢れるものとなる。
本書は、牧師夫人の「あとがき」に、「教会学校の御用のためとか、入信歴の若い方々に是非読んでいただけたらと願ってやみません」と書かれてあるように、とても分かりやすいものだと思う。一つひとつの原稿が短いのも、その願いに適うものであろう。決して最新の情報ではないが、聖書と向き合った人の真実がここにあるし、それはとても信頼の置けるものである。400頁余り、幾度も開きたいと誰もが思う一冊であるに違いない。

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