本

『嫌いなら呼ぶなよ』

ホンとの本

『嫌いなら呼ぶなよ』
綿矢りさ
河出書房新社
\1400+
2022.7.

 4遍の短編が収められている。「眼帯のミニーマウス」は雑誌に2022年初めに、「神田タ」は2022年夏季号に、「嫌いなら呼ぶなよ」は2021年冬季号に発表された。そして最後の「老は害で若も輩」は本書のための書き下ろしである。
 時期を明記したのは、これがコロナ禍真っ最中の作品だ、ということをお知らせするためである。事実、コロナ禍のこと、「コロナだから」云々というフレーズも時折見られる。但し、ストーリーそのものに特別に大きな影響を与えるようには見えない。ストーリーの面白さは、それをあまり意識しないで読めるだろうと思う。
 また、綿谷りさと言えば、とんでもない乱暴な考え方をする主人公や、道徳の欠落した人間の暴れる様が描かれるところに魅力があるように私は感じている。そんなことするか? そこまでやるかよ? と途中で読者が理性を働かせてしまうような場面が多々あるわけだ。この点が、武田綾乃と違うところである。こちらは道徳を正面から問うことがしばしばある。
 さて、物語の筋をばらすことはできないが、「眼帯のミニーマウス」は、美容整形を趣味としているような若い「りな」の顛末を描く。大学から社会人となってもプチ整形を辞められず、だがどこか醒めた眼差しをもっているのも確かである。目立つことを厭わない。だが、自分の整形とはいったいなんだったんだろう。例の如く、非常に細かくディテールに優れた表現で、思わずその世界に連れ込まれてしまいそうになる。
 あるいは、これを韓国の人はどう読むだろうか、という点もふと気になった。
 次は「神田タ」。タイトルのネタばらしはここではしないが、「神田」というのは、まあ推しているYouTuberである。飲食系の仕事を気ままにやっている私だが、コロナ禍の影響がちょこちょこ描かれている。そして、その神田本人と店で出会うのである。私は、いろいろ書き込みもしているから、神田と仲間はその噂話をしていると、自分のせいだということが分かる。こうしてだんだん、私は壊れてゆく。
 そしてタイトルの「嫌いなら呼ぶなよ」。浮気相手が複数いる男が、妻と友人のパーティーに呼び出され、窮地に追い込まれる。いろいろ好きではあるが妻が実は一番好きなんだなどと、意味不明の言い訳を男は考えるが、誰にも通用するはずがない。自分勝手で弁解だけはしようとするが、ついにできなくて、だけど俺、本当に悪いのかよ、という気持ちのままで居続ける。どうしようもない。昔、嫌いな奴は家に呼ばなかったことをふと思い出す辺りが、鼬の最後っ屁みたいなものであろうか。
 そして書き下ろし、「老は害で若も輩」。これは「ろうはがいでじゃくもやから」と読むそうだ。これは痛快だ。よくぞこんなことを書けるものだと驚くが、何の恋愛感情も男と女の問題も関わらないのだが、私はこれが愉しくて仕方がなかった。
 綿矢りさが実名で登場する。雑誌インタビュー記事の作成締切が迫っている。綿矢りさは37歳の女性作家として登場、42歳の女性ライターが「シャトル蘭」という名で登場する。男性編集者は、内田という26歳の若者。ライターがインタビューを、書き起こしたが、綿矢りさがそれを全面的に書き換える。これにライターが激怒し、編集者の内田にもすべて同時に送る形でメールでの応酬が始まる。そうしているうちに締切が一旦過ぎてしまった。編集者は双方にメールを送り、謝ったり中立案を出したりしたが、事態は改善しない。
 ライターが書いたものを全文改めるなどなんたることか、とライター。綿矢りさも、インタビューの文責は自分がすべてひっかぶるのだから当然だ、と引かない。悪口の飛び交う中で、内田はシャトル欄に、一度折れてくれないか、などと恐る恐る切り出す。この辺りから、少し事態が変わってくる。綿矢りさこそ老害ではないか、と思うようにもなる内田の態度が、綿矢りさの怒りに火を注ぐ。すると、シャトル蘭の態度も少し変わってくる。
 修羅場である。他の作品でも、男女の修羅場や、プチ整形の修羅場はあった。だが、本ではないが記事の場での、作家とライターと編集者という、日常態の中のトラブルというのが、こんなにもリアルに描かれていてよいのか、と言いたくなるほどに、愉快であった。二人の「老」から責められるようになった内田は、さて、これまた鼬の最後っ屁を放つのであろうか。
 まあ笑ってしまうだろう。これを世間では「綿矢節」というのだろうか。道徳も思いやりもなく、あからさまに人間の地の部分を表に出してゆくのは、この人ならではであろう。そして、芥川賞から20年、いろいろな試みをしてきた中で、実験をしているのかもしれないが、ひとつのスタイルはできてきたのかもしれない。但し、これとは違う路線が、まだ別にあったので、そちらはそちらで頼もしい。




Takapan
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