本

『川滝少年のスケッチブック』

ホンとの本

『川滝少年のスケッチブック』
小手毬るい・川瀧喜正絵
講談社
\1400+
2023.6.

 表紙のイラストが、この「スケッチブック」の一例である。
 小手毬るい氏は、多くの文芸書を出しているが、とくに児童文学の分野では大きな役割を果たしているものと見える。確か猫がお好きだったはずだ。
 ツイッターで時折これらの絵を公開していたらしい。それらが評判になり、ここに1冊のストーリーを交えた作品となった。自身を重ねた校正で、語り手は中学生の少年としている。母親と共にアメリカで暮らしているが、これは作者の身の上に合わせているものと思われる。少年の祖父が岡山にいる。行ったことのないところである。行きたいと思う夢を見たことから、夏休みに帰国し、祖父を訪ねてみる、という場面からスタートする。
 少年は父親を、生まれて間もなく亡くしているが、その父親の父、それがこの祖父である。91歳だということだが、会ったことのない人であった。ただ、少年の名付け親であるともいうし、会うのをわくわくしていた。
 しかし、祖父の子どもの頃のことについては、ある「資料」があった。
 それが、スケッチブックである。
 伊予の宇和島で生まれた「おじいちゃん」が、スケッチブックに「十二歳の絵日記」を描き、それを少年の父親に渡していた。それをふと思い出したのだ。
 戦争のころ、この喜正少年は、小学生であった。それが、マンガというか、味のあるイラストによって、当時のことが実によく描かれている。記憶違いや誤字などもある(それは訂正表が付いている)が、生き生きとと氏の観察眼で捉えられたものが描かれている。そのイラストそのものが、見事な芸術作品であり、生きた証しというものと呼んでよいのではないかと思われた。
 家族とその由来から始まり、家の様子、当時の食べ物、店の景色も描かれる。自分がよく言われたことや、学校でもずいぶん叱られ教育されたことなども、そのままに描いてある。子どもたちの遊びやルール、唄もあれば、紙芝居屋さんのお菓子を買わずに「タダ見」をしていたことなども描かれて、読者はクスッと笑う。当時の映画の情報は、さすがに私も直接は知らず、伝説の役者の話題も楽しい。
 文章で当時のことを綴ったところも多いが、これはどうやら聞き書きを含め、娘たる著者が得た情報を、うまく形にしているように思われる。そこは児童文学の名手による再構成なので、非常に手際がよい。安心して読める、ということである。
 喜正少年は、飛行機乗りに憧れて、どきどきの受験を経て片道2時間の通学を果たす。もちろんその学校の様子、実習のありさまもイラストで教えてくれる。そして軍事教練の時代になり、すでに敗色濃厚な時代の中で、しごかれるところも描かれている。
 実はここに、私が私の父から聞いたことと同じことがあったのだ。私の父も、この喜正少年と同世代である。ゲートル巻きに苦労したことや、勤労奉仕で稲刈りをさせられたのだが、そこで白米のおにぎりをもらったのがうれしかったことを、実はつい先日私は父から聞いたのである。全く同じなのだ。
 その後、疎開から終戦への描写が始まるのだが、ここで著者の想いがぐっと詰まってくる。「あとがき」で語っているのだが、著者は「平和」というものに目覚めたのだ。それまではあまり意識していなかったから、手許にあるこのスケッチブックのことを、いわば忘れていた。しかし、「平和」とは何か、が自分の胸に問われてから、意識がすっかり変わったのである。
 読者たる若い世代が、戦争を起こさない力になってほしい。その願いのために、本書は書かれた。それは、推測だが、ウクライナへのロシアの侵攻がきっかけになっているのではないかと思う。また、アメリカのニューヨークに住み、中国との関係悪化や、極東地域でのきな臭さのようなものが、より強く感じられるようになったと言うことなのかもしれない。自分への悔しさのようなものも混じり、日本の子どもたちや若者たちに、声を挙げることの必要を問いかける構成になっていると思うのだ。
 たとえば、「終戦」という呼び方でよいのかどうか、物語が問う場面もある。「敗戦記念日」なのだ、という戒めを本書は訴える。そして、深い悲しみと怒りをこめて、むなしく滑稽な戦争が終わった、という意味の文で結ぶ。
 その後、戦後の描写のイラストも並び、戦後のことも私たちは知ることができる。よく知らされたことも多いが、なかなか細かい情報をきちんと提示しているので、これだけでも歴史の学習としては上出来であろう。
 何気なく手に取った本だったが、中身は実に熱かった。そして、重かった。伝えなければならないことが、たくさん詰まっているように思えた。一流の漫画家のようなタッチのものが、よくぞこのように描かれたものである。お好きだったということなのだろうが、思えば手塚治虫も、ある意味で紙一重だったということなのではないか、という気がした。絵を描くことで、何かを訴えるタイプの人は、きっともっといたに違いない。それらが、馬鹿馬鹿しい戦争のために消されてしまったということが、つくづく悔しい。
 娘の思いもよいが、なんといっても、この喜正さんの描くもの、そこに私たちは、大切なものを感じ取り、決意すべきではないだろうか。




Takapan
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