『布芝居絵本 かすやのむかしばなし』
布で遊ぶおひさまの会・布絵本制作
粕屋町立図書館発行
2022.3.
「粕屋町立図書館開館20年記念」とあり、歴史が浅いなと思ったが、調べると確かに2000年に開館している。福岡市の東に接する町で、緑も多いが、人も多く、商業施設もあって賑やかだ。その土地に伝わる昔話が集めてある。
案外こうした本がないので、それだけでも貴重であるが、本書は、それを「布絵本」という形で披露してくれる。布絵本とは、紙芝居の絵を、すべて布でつくったものである。布を裁断し、針でひとつずつ縫い付ける。たとえば幼児が手に触れても、温かみがあることだろう。また、布ならではの優しさが漂う作品となっている。それがお話の各頁の半分に写されている。写真もきれいだが、それらの写真には、微妙な影があることに気づいた。これは紙芝居では起こらない現象である。布が、少しではあるが立体的にできているからだ。その時その時の光加減で、違った画面が現れるということになる。これは楽しそうだ。
さて、物語は、六つ掲載されている。「水の道を拓く〜長夘平伝〜」「稲荷山の白狐」「ごんげんさまのなげ石〜かすやのおはなし〜」「湯のくぼ伝説」「孝行の心 鶴松物語〜長夘平外伝〜」「みんなの目のお医者さん 高場順世」である。
中に「長夘平(ちょううへい)」という人物の名が二度も現れる。最初の話にあるように、この人は、水に乏しい粕屋の畑に、たいへんな苦労をして水を引いた人物なのである。江戸時代ではあるが、土地の使用については、面倒な手続きがつきまとう。それをひとりでこなし、また工事途中で硬い岩盤にくろうする。費用のために駆け回るが、立石久明という豪商が、人のために尽くそうとする長夘平の情熱を買い、今にすれば何十億円という援助を約束したという。物語によると、二万人の命を救ったという。それだけの大事業であり、そのために労苦したのである。この水路のために、粕屋町のみならず、いまの福岡市東区の人々も恩恵を受けたのであった。
その長夘平が庄屋をしていた時のこと、鶴松という子どもの話を聞いてくれ、とある人がやってくる。親に尽くして働く鶴松の話を聞いて、長夘平は奉行にこの話を書状にて伝える。奉行もいたく感動し、鶴松の生活を助け、学びを支えたのだという。この書状は、歴史資料館に保存されており、これの写しを布絵本にも貼り付けていることに驚かされる。福岡藩にはこのような感心な子の話が記録されているそうだが、幼くして表彰されたのは、この鶴松だけであることにも、触れられている。
最後の話では、南蛮医学などを学んだ高場進士兵衛という人が、島原・天草一揆のために主を喪い、浪人の身となってその医術をなんとか人に活かしたいと願って探し歩いた末、粕屋にて、人々の特に目を癒やす医者となったのだという。その教えを受けた家の子孫が、いまも医師を営んでいるのだそうである。
他にも、神仏にまつわる物語もあるが、昔の人の素朴な信仰が窺えて、微笑ましい。人々は、人の力ではどうにもならないことを、神仏の故だと考えた。なんでも人間の力でできるのだ、と豪語はしなかった。真面目に生きれば、真摯に物事に対していれば、きっと神仏がよくしてくれる、それはとても美しい心であるとは言えないだろうか。たとえ神仏を拝んでいても、実は我欲が中心にあるならば、そうはいかない。健気に家族のために働いた九歳の鶴松のように、感心な子が褒められるのは、このように目に留った珍しいケースであるかもしれないが、これが語り伝えられた、というところに意味があると言えるだろう。
私たちが忘れてしまっていたものを、思い出させてくれる。昔話には、そんな力がある。もちろん、聖書はもっと古い。もっと、思い出させてくれるはずなのだ。