『意識のリボン』
綿矢りさ
集英社
\1300+
2017.12.
2014年に結婚し、翌年第一子を出産している。ペースは落ちるが、作家活動は大きく止まる事はなかった。文芸評論家ではないただの素人の言い草なので、話半分に聞いて戴きたいが、この作品前までは、少々もやもやとした感があったように見える。それまでの路線の延長で描いているのだが、もうひとつ抜け出るものがない。ところがこの短編集の後、少し間を置いてだが、『生のみ生のままで』という、画期的な長編を世に問う。上下巻にわたる長編である故に、発行までに時間がかかっていたのだと思う。これは衝撃的だった。以前にも、女性同士の性愛の場面を描いたことがないわけではなかったが、これは正面から堂々と、言葉はよくないがねちねちと綴るものだった。それは、ひとつ何かが抜け落ちたような印象を与えた。
だとすれば、この小さな本、短編を集めたものが、何かターニングポイントとなっていたのである。事実、ここには、ある意味で綿矢らしくない世界がある。もっと感じたままに言えば、ここに集められた8つの作品は、いろいろな角度から実験を繰り返しているように見える、というのが私の偽らざる感想である。
187頁で結ばれる本に、8つの作品。一つひとつが実に短い。たちまち読める。これらは、2014年から2017年にかけて、文芸誌に掲載された作品たちである。4種類の雑誌の名が出ているから、それぞれの読者層を意識して、あるいはそれぞれの編集者の方針によって、角度を換えているのかもしれないが、決して一様に説明できるようなものたちではないのである。
最初の「岩盤浴にて」は、冷めた目で、岩盤浴体験を綴る。描写が細かいのでもちろん取材でなのか趣味でなのか分からないが、体験したのであろうし、そのときに心に浮かぶことを文字起こししたような描写になっている。「こたつのUFO」は可愛いファンタジーであると言えようか。三十歳になった女性の目線は、作者と等身大である。そういう設定がこれまでも多かったが、よりリアルに感じられるものを素直に描いているに違いない。その中で、文明論や作家論などの欠片を振り撒きながら、三十という壁を、日常の世界と、異世界の他者との出会いの中で、強く意識している様子が窺えた。
続く「ベッドの上の手紙」には、自分勝手な男の振る舞いを冷ややかに眺める女性の眼差しが、短い中に突き刺さるように感じられて、少し怖いものを感じた。「履歴のない女」と「履歴のない妹」は連作だと言ってよいだろう。結婚した姉とすでに4年前に結婚した妹との間の日常的な風景だが、「履歴」は重要なアイデンティティとなるのだろうか。
鬱憤を晴らす文字が並ぶような「怒りの漂白剤」。漂白剤とは何のことなのか、ネタバレになるので書かないが、私もこんなふうに怒りをぶちまけたら、気持ちいいかもしれない。
ミステリーの要素を含むような「声の無い誰か」は、けっこう怖かった。通り魔の噂がエスカレートしてゆく中で、経過がどうなるかはだいたい予想がついていたわけだが、最後は意外というか、相当怖かったなあ。
そして表題作の「意識のリボン」が最後を飾る。怖いと言えばこれが一番怖い。読み始めたらすぐに分かるから、敢えてネタバレ的な発言をするが、臨死体験の描写が、やたらリアルである。否、そんな体験のない者が、リアルだなどということが分かるはずがない。では、この怖さは何なんだろうか。一部の読者は、綿矢りさは本当に臨死体験があるのかしら、とさえ思っている。たぶんそうではないと思うが、こういうときには、想像力というものには限界がないことを痛感するばかりである。
リボンという一つの象徴が、物語の中から、読者の心につながってくるような幻想を抱いたのは、作者の術中に見事にはまった、ということなのだろうか。

た
か
ぱ
ん
ワ
イ
ド