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『曖昧な弱者の時代』

ホンとの本

『曖昧な弱者の時代』
伊藤昌亮
岩波新書2112
\920+
2026.5.

 本書は、『世界』を中心とした雑誌掲載の記事を集めたものである。それだけ、著者の関心はひとつの筋道の中にあった、ということになるだろうか。
 タイトルが謎である。「曖昧な弱者」とは何のことか。心配は要らない。やがて分かる。それは「はじめに」で明らかにしておいてくれている。それに対する概念は、「明白な弱者」である。それは、政治の世界で、「救済措置」がとられている。しかし「曖昧な弱者」はそれを「優遇措置」として、さらには「特権」として読み替えてしまう。何の配慮も講じられない「曖昧な弱者」は、それゆえに「真の弱者」であり、だからこそ「自分のほうがつらい」ということになる。そうしたことから「偽の弱者」の化けの皮を剥ぎ、その「特権」を奪い取ることが、「真の弱者」としての彼らにとっての正義となる(vi)。
 これでもまだピンとこないかもしれない。だが、「はじめに」ではさらに的確に指摘する。「曖昧な弱者」が「明白な弱者」とリベラル派に抱きがちな敵意という観点から、とくに二〇二〇年代の社会状況と政治状況を読み解き、この時代を「曖昧な弱者の時代」として考察することが本書の目的だ(ix,x)。
 この「敵意」については、最終章でまとめられており、2026年の発表原稿である。新刊として5月に出ているから、かなりホットな内容だとも言える。他の章は、2022年から2025年掲載のもので、2025年のものが多いから、読者は比較的早いうちに社会の背景について考える機会をもつことができる。『世界』に載ったときの方が正にホットであったことだろうが、こうしてまとまった一連の記事が読めるというのは、読者の理解のためにはとてもよいと考えられよう。
 従って、ここで内容を全部記すことも控えようとは思うが、関心をもってもらうために、その章毎のタイトルはご紹介すればよいだろうと思う。
 先ず、「ひろゆき論」。これは、「ダメな人」のための「優しいネオリベ」という副題が掲げられている。
 次に、「山上徹也の閉ざされた政治的世界」であり、「石丸現象」とTikTokも論じられている。
 それから「オールドなもの」への敵意、というのが少し分かりにくいかもしれないが、左派と右派との対立、などという構図がもはや何の意味もなくなっていることを暴露しようとしている。「オールド連合」対「ニューなわれわれ」との対立であるのだが、たんに年齢層の対立だけの問題ではない。世代間格差と呼べるものではあるものの、保守派もリベラル派も、オールドの側にがっちり位置していると捉えられているのであり、これまで続いてきた政治地図自体が、もう役に立たなくなっている、という事実が突きつけられるのである。そういう政治を論じている限り、もう完全に社会から置いて行かれている、ということを覚悟しなくてはならないのである。そのことは、本書全体からもひしひしと伝わってくる。
 次には、「財務省解体デモの論理と心情」という題で、ポピュリズムについての論考であると見たい。「もらえるお金を増やす」ことを目的とする動きではなく、もっと分かりやすく、先ず「取られるお金を減らす」ことから始めるという意識の高まりが、かつての経済論をも壊してゆくような有様がレポートされている。これは、次に論ずる「参政党」の登場と躍進を説明するための準備のようにもなっている。差別発言や弱者の切り捨てのような暴言を吐いているような印象を与える参政党であるが、必ずしも狂った運動ではない。第一、そうであればあれだけの得票があるはずがない。それとも、世間の投票者がおかしくなったのか。否、そこには何かの意味がある、ということを著者は指摘する。それは、「真ん中」からの反革命、という触れ込みであって、偽の弱者を叩き、真の弱者、本書で言うならば「曖昧な弱者」のもやもやとした思いを、ズバリと代弁してくれたことになっていたのだ。私は、この辺りの論点が、タイトルに最も直結するような気がした。
 だから、これを以て各論が終わり、最終章で「曖昧な弱者」とその敵意、という題を掲げ、社会分断の今日的構造、という副題によって、この「弱者」という概念について論ずる場をつくったことになる。
 社会現象の背後にあるものを見抜くことができるためには、こうした観点が必要なのだ、ということを教えてくれる。それは人間の罪です、聖書は違います、などという論調でいるのが政治的意見を言う教会であるのかもしれないが、それでは社会は教会に何の魅力も持たないし、何の賛同もしないだろう。教会がよく「弱者を助ける」ということをモットーとしているが、その「弱者」というものを、見誤っているとなると、あるいはそれについて無知でいるとなると、教会は益々宙に浮いた画餅か、せいぜい夢だけ見ているおめでたい人々、という評価で終わってしまうだろう。教会の存続の危機が盛んに論じられているいま、本書から学ぶことは、かなり死活問題となるように思うのだが、如何だろうか。




Takapan
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