『SNS時代のメディアリテラシー』
山脇岳志
ちくまQブックス
\1200+
2024.11.
10代の人が本を手に取ってくれることを願いつつ編集されたシリーズの一冊。無理のない企画だが、さて現状はどうなのだろう。
今回の話題は、メディアリテラシー。特に変わったことは書かれていないと思うが、10代へのメッセージとしては、必要十分であるように見える。
サブタイトルには、「ウソとホントは見分けられる?」と掲げられている。関心を絞るというのは、心をキャッチするのに相応しい道であろう。
まず、情報に溺れるという現状を指摘する。筆者自身が60歳であることも明かして、体験してきた情報メディアの変化を知らせると共に、そこにどんな問題があるかも定めておく。情報発信については、かつてとは比較にならない時代となっている。そして、高年者はまだ重く捉えていないかもしれないが、新聞やテレビといったマスメディアの影響力は、若者には死滅しそうなほどに小さくなっている。
しかし、特に最近のアメリカの情況は、危機的である。マスメディアを信頼しているかどうかという点でのデータを交え、本書が「クリティカルシンキング」を目指して歩むことを宣言してから、本論に入ってゆく。
内容を詳述することは不可能だから、章立てをご紹介することにしよう。まずは、友達の噂を聞いたらどうするか、という問いかけからである。身近な、誰にでもありがちな情況から考え始める。そして、デマや虚偽情報が広がるのは、世の中に不安が漂うときであることにも触れておく。それから、事実はどうしたらわかるのか、という問い。ファクト・チェックと軽々しく口にするかもしれないが、事はそう簡単ではない。特に戦時中の事実は、情報とはかけ離れていたし、それはいまでもそうである。小中学生に作文を書かせると、決まって、いろいろな情報を見て決めるべきだ、という程度のことしか書かない。嘘の情報がたくさんある、ということは分かっているが、それに対する構えは実に脆弱なのだ。著者は、新聞記者の方法を紹介するが、記事として使うためには、多くの時間が割かれていることを強調する。ところが、SNSからの情報で、世の中はいとも簡単に大きく動いてしまう。「情報の質」に違いがあるというのは、当たり前のことではあるのだが、若者の中にはそれさえも知らない、分からない者が少なくない。
なお、本書は、著者の主張や押さえておくべき重要文については、色をつけてゴシック体にしている。そこだけずっと目に入れて振り返ると、本全体の要点はチェックできるようになっている。
ところで、サブタイトルのウソとホントを見分けることという点では、アメリカで「CRAAP」テストというチェックリストがあることを教えてくれている。項目だけ挙げておくと、Currency(適時性)・Relevance(関連性)・Authority(情報源の権威)・Accuracy(正確性)・Purpose(目的)である。
マスメディアは、一般のいわば無責任な言動と比較すると、それなりにチェックがなされており、信頼度は高くあって然るべきであろうが、若い世代では、マスメディアへの信頼性が薄く、むしろ個人の投稿に関心が傾いていることが指摘される。もちろん、マスメディアにもバイアスはかかる。私もその発言の内容もだが発言の仕方に辟易している新聞社がある。しかし、安易に陰謀論に加担するつもりはない。流行るのだ、陰謀論が。
さて、本書にはニュースに見出しをつけてみる練習問題も載っていて、学生には楽しいかもしれない。その結果、得る教訓が有るので有り、それは「事実と意見を区別する」ということである。なんのことはない、国語で論説文を教えるときに当たり前のように教えるではないか。しかし、それが当たり前ではないから、こうした本がぶつけなければならない。そして、「ファクト・チェック」ということの重要性をも認識させようとするのである。
それから、YouTubeやGoogleが情報を出すときのメカニズムを解説してくる。また、「フィルターバブル」や「エコーチェンバー」といった専門用語も持ち出すが、もちろんそれについては具体的に分かりやすく説明してくれている。
それから、やはりChatGPTのウソが見抜きにくい理由も語られるけれども、私が本書を見たのは、出版から1年半後のことである。すでに生成AIを取り巻く情況は、ChatGPTどころではなくなっている。いろいろとAIについても論じられるし、本も公刊されるが、執筆していたことが、発行された頃にはすでに時代遅れ、ということも、冗談ではなく本当に起こりつつある。できるだけ具体的に読んでもらおうという意図が、逆に古くさく感じさせることがあるかもしれない。
その意味で、最後の「クリティカルシンキング」についての叙述は、もっと普遍性をもつ内容であると思うし、そのように読まれてほしいと思う。メディアリテラシーのポイントとして、仕組みや特徴についての理解・再構成されている情報だという意識・複眼的に捉えるクリティカルシンキング、の3つを挙げている。この「複眼的」という言葉はもう少し強調されるわけだが、そのとき、自己認識と論理的な思考とが欠かせないことも説かれる。たとえばヘイトスピーチにしても、これらが欠落しているのは明らかである。巻末に至るに際して、とてもよいことが述べられていると思うので、これは若い世代に限らず、大人も目を通すべきではないかと思う。そんなに堅苦しく書かれていないために、大人にとってはきっと読みやすい本の部類に入るだろう。尤も、自己認識と論理的な思考が欠落していれば、大人と雖も、本書の警告は全く心に響くことがないだろう。最後に挙げてあるように、「対話」ということは、いま世界中で、だから私と隣人との間で、最も必要なことであるのかもしれない。
巻末には、2024年の時点でお薦めできる関連書籍が紹介されている。先に述べたように、すでに情況は変わっているかもしれない。だが、たとえばここに挙げられた著者の名前を信頼してみる、というのはどうだろう。その著者の、新しい著作を、手に取ってみる、という方法もあるはずである。
著者は、スマートニュースメディア研究所所長であり、文部科学省中央教育審議会専門委員も務めている。いまのところ、メディアリテラシーについて説明するのに、最適の人物のひとりと言えるであろう。その人が、易しく解き明かす本書を読む人が増えるだけでも、情報を取り巻くフィールドは、幾らか良くなるのではないだろうか。

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