『ピューリタニズムと近代市民社会』
今関恒夫
みすず書房
\3000
1989.1.
リチャード・バクスター研究。標題と一緒にそう掲げられている。全部がそうだというのとは少し違うように見受けられるが、確かに多くは、とくに後半はそうである。
ピューリタニズムの思想の代表としてバクスターを挙げることの意味は、私にはよく分かっていない。恐らく、マックス・ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』に基づくものと理解すべきなのだろう。
ヴェーバーによって、プロテスタントはいわゆる天職を自覚し、労働が神の祝福であることを正統の考えとすべきことを主張したと理解され、そのためにこそ資本主義が発展する基盤となったのだ、と説明された。これは確かに画期的な思想であった。西洋近代をすっかり変えてしまい、それが現代をつくった、と言うことがあまりにも適切であるからだ。
そのヴェーバーが、プロテスタントの禁欲的な職業倫理思想の中心人物だとしてバクスターを掲げたのである。本書は、バクスターを次第にフォーカスしてゆくにあたり、まずピューリ谷事務とは何か、という外堀から埋めてゆくという手法をとる。そのために、ぎっしりと埋められた文字で、「注」と「文献目録」を含めると380頁にもなる書物となった。その「注」が実に充実していて、もちろん引用の示唆も多いのであるが、本文で論じきれない点に時折立ち入り、なかなか読み応えのある70頁余りを巻末に集めている。
そのピューリタニズムについても、一口に言えるものではないことを本書から学ぶ。各地方に於いて、実にその歴史が異なるのだ。各地の事情というものがある。そこにいた人がどうであったか。その土地にどういう背景があったか。考えてみれば当たり前のことである。現代で、社会主義というと、皆同じものであるかのように扱うことさえあるが、国によって、その形態も歴史も様々である。ピューリタンという一括りの呼び名が、すべてのピューリタンがそうであったと決めてしまうことは、ありえないはずである。
このように、細かく各地方でのピューリタンたちの考え方や行動、また政治的背景を説明した本には、私はこれまで出会ったことがなかった。
また、「ピューリタン運動の特質」ということで、ピューリタニズムの地域構造・社会層・識字技能・信団の形成というような観点からも論ずるというのも、新鮮であった。それも、緻密な史料の扱いに基づき、17世紀の地域の実情の細かなデータが持ち出されているのには驚く。イングランド各地、また職業別の識字率の数字は、とても一つひとつ味わうゆとりは読んでいる中ではもてなかったが、見事な資料である。
ここまででほぼ100頁。ここからいよいよ、「ピューリタニズムの労働観」という本題に入ってゆく。カルヴァンが予定説の裏打ちとして、勤勉であることの意味を説いた、という程度が教科書の説明であるが、そんなに簡単なものではない。それが人々の間に滲透してゆくには、多くの追随者がいて、職業倫理へと深めてゆく動きが必要であったはずである。それは、「カルヴィニストは、行為による信仰の証しの必要を強調し、「世俗的職業生活において信仰を確証することが必要だとの思想」をいだくにいたる」(p111)ことがどのように実現されてゆくか、という問題である。「職業を通して神に仕えること」(p111)の実行が、どれほど多くの神学者の後押しを必要としているかが、丁寧に辿られる。
カトリックから、イギリス国教会へと移ったイギリスであったが、カトリック的な信仰がなくなったわけではなかった。単にローマ教皇の支配から離れた、というだけで、その信仰がカトリックから一変したわけではない。その情況で、プロテスタント倫理を形成する天職の捉え方の典型が現れるというところを、著者は懸命に追う。17世紀イングランドの代表的ピューリタンのひとりとして、ここにリチャード・バクスターが挙げられることになる。英米では、バクスターは、「神学者・牧会者」(p165)として関心を集められているという。それに対して、日本でのバクスターへの注目は、もっぱらヴェーバーを通じてであったと著者は言う。そこには、バクスターがどのように牧会していたか、信仰を伝えていたか、というよりも、思想的な大きな枠でぼんやりと見ていただけのようにも感じられる。
私がこの後の記述で非常に感銘を受けたのは、特に安息日の過ごし方であるが、平日も含め、「気晴らし」や「娯楽」といったものが、どのように受け取られていたか、というかなり詳しい追究である。主日に教会に行くことの強制がある社会で、では礼拝後に娯楽は許されるのかどうか、といった観点である。主日は聖日であるから、一切それは認められない、というのが当初の決まりであった。もちろん、人は様々である。教会に従わない人々もいるし、言葉は悪いが無教養で酒場に入り浸りになるような人々は、礼拝に出るだけでも十分であって、その後は知ったことか、というふうにもなっただろう。他方、そこまでの度胸がない人々も、日曜日の午後にもこれこれはしてはいけないか、これくらいはよいのではないか、といったことが問題になるようになってくる。結局、労働に励んでいる限り、それは次第に緩やかになってゆくのであるが、その辺りの教会的信仰の指導と庶民の実生活、ないし職業倫理との関係ということで、丁々発止の議論もあったようである。
「職業召命感」にもとづく「安息日論」は、すでに16世紀からあったらしいが、バクスターに至り、「生の改革」がその牧会に於いて中心的な目標とされたのだという(p249)。ここに、「ピューリタン的人間像」が確立してゆくことになる。その根拠付けにあたって、次第に「理性」がものをいうようになる点も注目されよう。それは、貧しい人々を完全に取り込むことはできなかったかもしれないが、「中産的生産者」に働きかけ、神学を根拠に置く宗教者たちと共に、近代市民社会を形成してゆく歴史を築いてゆくのである。そこには、「信仰的エリート」という自負もあったことだろう。そしてその路線で、プロテスタントは様々な宗派を生み、拡げてゆくことになるのである。
さて、その延長上に私たちはいるわけであるが、安息日論というものは、この半世紀、雲散霧消しているのではあるまいか。自分への眼差しを、この研究から与えられたとするのは、自分本位に過ぎないであろうか。

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