本

『主よ、み国を』

ホンとの本

『主よ、み国を』
鈴木正久
日本基督教団出版局
\420+
1969.8.

 まだ老齢を迎える前に、牧師職のままに病気のために亡くなった。1969年のことだった。日本基督教団総会議長として、「第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白」を発表したことや、アメリカ支配下の沖縄キリスト教団との合同の実現の業績が評価される。ただ、この沖縄との問題は、必ずしも対等ではなく、沖縄の痛みを覚えるものではなかった、と半世紀後に日本基督教団は謝罪をすることとなる。
 病のために人生の限りが見えてきたとき、つまり闘病中に、「死を待つのではなく、「キリストの日」に向かって生きてゆく導きを与え」る主に感謝しつつ、神の言を与えられるままに語る幸福感を「まえがき」で告白している。また、この本が「わたくしのイサクになることを喜んでおります」と記している。
 この「まえがき」の手書き原稿が、ここに写真で紹介されている。亡くなる24日前の日付けがそこにある。正に「み国」を見つめている牧師その人がここにいる。
 本書の四分の三を占める「主の祈り」についての黙想は、その前年から亡くなる前月前の号まで、教団誌「信徒の友」に連載したものである。そのことが、「あとがきに代えて」という項目で、日本基督教団出版局の名で綴られている。
 教団全体の責任を担う立場も、本書の執筆に影響していると言えよう。教団の戦後の危機が、太平洋戦争に対する悔い改めのない中にあったとしたら、戦後20年以上を経てようやくそれを明らかにした、というのは一つの業績であろう。どうしてそれまでできなかったのか、様々な事情があるだろうけれども、やはりもっと早くできなかったものかと私は傍から見て思う。そうして沖縄の教会との関係である。「教会の一致」ということは、その立場から見たキリスト教世界の悲願だったのではないだろうか。「主の祈りは、この世の上にだけでなく分裂した諸教会の上にも真実の星として輝いています」(p24)と結ぶのが最初の章である。
 そして何よりも、「主の祈り」についての文章は、「祈り」についてのメッセージに他ならない。「「主の祈り」は、人生で求めるべきものの根本的なものを示しています」(p162)と行ったことに続いて、「ほんとうの祈りは、自分が主なる神の前で、神に造られた人間としての真実な生き方に到達することをこそ求めるのです」(p163)と、読者の心に迫る言葉を示している。
 たが、綺麗事だけを並べるのではない。「そしる者」としての悪魔は、「訴える者」であり、いつも他人の悪口を言っている者だ、と説明することだけなら、誰でもできるかもしれない。けれども、本当の言葉の剣は、たとえばこういうところにある。「われこそりっぱな、正しい人間だ」という「うぬぼれ」を指摘すると、「偽りとうぬぼれは表裏をなしています」(p138)と突きつけるのである。「うぬぼれることは隣人を軽しめることであり、他人を悪くばかり見ることにもな」る、と言われると、私などはグサリと言葉が刺さってくることを覚える。
 人の罪は、覚らせねばならない。牧師としては難しいところであっただろう。神を信じれば幸せになれますよ、と甘い言葉ばかり語り、神はそのままのあなたを愛しています、と詐欺的なメッセージだけで人気を取ろうとする教会が多くなってきた。否、それが主流になってきているかもしれない、と危惧する。
 鈴木牧師は、新しい神学も適宜受け容れ、歴史的な事実も必要に応じて十分に取り入れる。だが、霊的とでも言えばよいのか、霊に於ける陥りやすい罠や、霊での出来事を的確に捉えて語る道をとる。その洞察に時折唸らされるのは、たとえば「聖書の意味において、「天の」ということは「隠れた所の」「隠れた事を見ておられる」(つまり表面でなく真相を見わける)と殆ど同意語」(p30)だと説いたことである。しかしまた、別の脈絡では、「天とは、この人類の生活を主なる神が支配ておられるしるし」(p72)であるとか、「実は主なる神の言葉」(p72)であるとか言っている。
 ギリシア語でどういう言葉を使っているか、についても、何も知識の問題ではなく、そこから感じ取るものがあれば、という意味で時折触れる。日ごとの糧以降の祈りに於いて、「八回も、「わたしたち」(われら)が含まれている」(p82)と指摘することは、日本語の訳にはそこまでは出てこないことである。だが、これらの祈りが「わたしたち」の問題であることを証拠立てるはずである。
 また、「国と力と栄え……」が、福音書には本来書かれていない箇所であって、後の「十二使徒の教訓」に初めて出てくることなど、学的にはっきりしていることはどんどん説明に加える。聖書の語句や歴史を深く顧みずに、ただ読んで思いつきで、神の教えはこうです、と叫んでいるわけではないのである。しかもそこには、「日に三度祈るべし」が付け加えられていることが挙げられ、当時ユダヤ人が日に三度祈祷していたことに関係しているということも付け加えられている(p145ff)。
 さて、最後の四分の一は「説教」である。1964年から1966年にかけての説教の中から、教会側で原稿化されていた者を収録している。「招き」「イエスのこと」「新しく生まれる」「福音」「愛」「受苦日」と、10頁くらいの長さの、長くはないが鋭い指摘が幾らも含まれている説教である。「「キリスト教」とは、主なる神を見上げるこにより、日常生活が、常に、新たに、配列しなおされることである」(p181)など、これまで聞いたことがなかったような指摘に驚いた。使徒行伝でピリポがエチオピア人の宦官にイザヤ書を説く場面では、この宦官が、「家庭を持てず、子供のない孤独のこの人」が、「結婚もせぬあいだに死刑になり、そのため子孫も残せなかった人」として、イザヤ書の主の僕を読んだのであろう(p190)というような気持ちの寄せ方は、ハッとされられ、大いに学ぶところがあった。
 文学作品の引用やその物語のテーマの理解など、教養ある視点もあちこちで知ることになるが、他方先ほども言ったように、新鮮な視点を定義的に指摘してくれるのはとても刺激になる。「福音はまさにこのキリストの現在の知らせ、このキリストという現実が、客観的事実が、並のようにゆれ動くわたしたちのこの世の生活の只中に臨在していることのアナウンスである」(p210)し、「聖書の前に立たされると、わたしたちは、生まれてはじめての本当に真剣な問題を与えられる」(p211)ことを踏まえて、「この聖書の呼びかけが福音であり、福音とは、あの客観的事実、現実が存在することの力強いアナウンスである」(p212)と結論づけるのは、なんとも力強いメッセージではないだろうか。同様に、「キリスト教とは何か」と問うて、「キリスト教とは、それに対してわたしたちが無関心であるもの、そのものによってわたしたちがゆりうごされることである」と明言する。しかも「「それ」とはイエス・キリストである。十字架のイエス・キリストである」(p224)と指し示す。
 そして「主イエスの苦しみは、わたしたちの自己満足を止揚する」(p234)というのが大きなメッセージの軸であり、その「魂の自己満足」は「安上がりの自画自賛」だと言い、それこそが「眠り」なのだ、と教える。私たちは、やはりイエス・キリストの十字架の前に留まり、十字架を常に見上げていなければならないのだ。
 「あとがきに代えて」は、その日付けが1969年7月10日、牧師の「存命中に本書をお届けできることをひたすらに念じつつ」と書かれている。その日付けの4日後に鈴木正久牧師は亡くなった。本書の発行は8月7日、牧師の57歳の誕生日の日付けであった。




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