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『ハウフ ショートセレクション 幽霊船の話』

ホンとの本

『ハウフ ショートセレクション 幽霊船の話』
酒寄進一訳・ヨシタケシンスケ絵
理論社
\1300+
2026.5.

 このシリーズには目を通すことにしている。とにかく表紙のインパクトが強い。だが、最近思うのは、このシリーズが読まれ続けているとすれば、もはやイラストだけの力ではないのだ、と。内容がいい。今回も、ハウフという人については、恥ずかしながら全く知らなかった。実際邦訳を読み、この訳があってこそのイラストなのだ、と感じた。読者も、その訳文や選択に本当の魅力を覚え始めたのではないだろうか。
 さて、ハウフという人は、19世紀初めのドイツの作家だが、アンデルセンにも匹敵するような、親しまれる童話を書いた人だという。25歳で夭折したという話に胸が熱くなる。神学校に行き、神学と哲学の博士号を受けているという。しかし家庭教師で糧を得て、結婚もしたが子どもが産まれた翌週に、腸チフスで亡くなったという。この短い期間に、沢山の作品を書いていたのだ。
 キリスト教をベースにしながらも、作風としては、イスラムを舞台にするなど、エキゾチックな魅力に包まれている。物語もとても自然で、納得しながら読み進められる安心感がある。
 本書のタイトルは『幽霊船の話』だが、「コウノトリになったカリフの話」「小さなムクの話」「鼻のこびと」「幽霊船の話」「地霊こびとのお祭り」そして「切られた手の話」と並ぶ。「鼻のこびと」がやや長いが、他はほぼ近い長さであり、ひとつずつ別々に読み味わっていけばよいだろうと思う。
 カリフと大臣が、行商人から不思議な缶を買う。魔力があるそうだが、いとも簡単に騙されているなと読者は思うだろう。しかし魔力は本当にあったのであり、コウノトリになってみたのはいいが、行商人の言った通り、タブーを犯してしまい、元に戻れなくなる。国を逃れて、囚われたフクロウを助けるが……。
 ムクという老人をいじめた「ぼく」に、父親がムクの生涯を話して聞かせる。話によると、ハウフはこのような枠構造の物語が多いという。もしかすると、アラビアンナイトの展開になぞらえているのかしら、とも思えるくらい。
 靴職人の息子ヤーコブが、魔女だろうか、誘われて連れて行かれ、そこで奇妙な囚われとなる。たっぷりと料理をさせられるなどしていたが、本人は、夢を見ていたように感じていた。ところが実は7年間が過ぎていた。行方不明と嘆く両親の前に現れたが、ヤーコブの姿は鼻がでかいこびとに変えられていた。孤独なヤーコブにとっては、そこからまた奇想天外な体験が続くことになる。そのとき、あの料理の腕が鍵になることだけは、お伝えしておいてもよいかしら。
 そして幽霊船の話。父が遺してくれた財産で、船に乗り異国に出て運を試すことにした。そのとき不思議な船と擦れ違う。それはまるで死神の船だった。嵐で沈んだ船から命からがら別の船に乗り上げたが、それがあの幽霊船だった。そこで見たのは死体の山だったが、夜になるとそれが蠢いて……。おぞましい情景はあるものの、物語は子どもにも安心できる結末へ向かう。但し、アッラーに感謝して終わる辺りは、イスラム趣味もそこまで必要かしら、と感じはするのだったが。
 地霊の話は、どうやらグリムから提供された物語だそうで、ハウフの全集には入っていないそうだ。しかし訳者の目に魅力的だったので、ここに採用することにしたのだという。親に無理矢理結婚させられそうになった美しい娘が、心通わす貧しい若者と駆け落ちする。そこで巨人族という不思議なキャラクターたちの大暴れする事態に巻き込まれてゆく。こちらはキリストの名は出てくるが、イスラムの香りは漂ってこない。
 最後は切られた手。父親から剣を持たされ、金貨が家にあるとの言葉を胸に、医者になるための旅に出た「ぼく」だったが、家に戻ると父は亡くなっていた。そればかりか、金貨も消え、教会に寄付したなどと宗教指導者が言う。商売や医者の仕事で生きてゆくが、会いに来いというメモを見つけ、出かけたことから、運命が暗転する。死人を生かせなどと無理難題をもちかけられるが、メスを入れたその死体は、死人ではなかったらしい。殺人の罪で捕らえられる。そのために、左手を失うことになるのだった。不条理な出来事ばかりの「ぼく」に同情を禁じ得ない。
 冒険心を見たし、ワクワクやハラハラを感じさせると共に、このように不条理な事態に憤ったり、幾らかほっとさせられたり、読者の心を掴む術を十分身に着けていたと思われるハウフ。やはりその短い生涯は惜しい。
 小さな本で、これだけの魅力を伝えきる本シリーズは、まことに素晴らしい。




Takapan
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