本

『AIMの研究』

ホンとの本

『AIMの研究』
宮崎徹監修・学研の科学編集部編・粟田佳織文
学研の科学ブックス
\1600+
2026.6.

 前半が、宮崎先生の生い立ちで、受験がどうのこうのという話が多くて、油断していた。電車の中で、2日目に後半を読み始めたら、もうだめだった。
 涙がぼろぼろと落ちてくる。すすってもすすっても鼻水が止まらない。
 これは電車で読むべきではない。
 もちろん、猫について特別な感情をもたない人は、そんなことはあるまい。この本は、2026年に世界に激震を走らせたニュースの背景をレポートしている。それは、フェリエイムと名付けられた、猫のための薬の開発の物語である。
 ニュースでご存じの方もいることだろうと思う。猫は、外猫の場合、ロードキルも怖いが、外猫家猫を問わず、腎臓で命を落とす猫が非常に多い。私も地域猫活動に少し関わっているが、よく知る猫が、どれほど腎臓で虹の橋を渡ったことだろう。
 適切に説明できるとは思えないが、私がかいつまんで紹介しよう。細菌やウイルスなどの異物を排除する白血球の一種、それがマクロファージである。「はたらく細胞」では、美人でめちゃくちゃ強くて怖いお姉さんになっていた。このマクロファージの活動を支えているAIMというタンパク質があるが、その働きがよく分かっていなかった。しかしその実体がどうにもよく分からない。宮崎先生は苦労した末、AIMについて次第に解明をしてゆく。AIMは、死んだ細胞のようなゴミに目印を付ける役割を果たしていたのだ。この目印があれば、マクロファージが直ちにゴミと認識して処分する。宮崎先生はこれは大きな発見だと喜んでいたが、あるとき何気なく、猫の多くが腎臓病で命を落とすという話を聞く。猫にはこのAIMがないらしい。否、実はあるのだが、それが働かないような仕組みになっているために、ゴミを捨てることに難が生じるのだ。宮崎先生は、猫の救済にシフトする。
 猫の腎臓に溜まる老廃物が、猫の寿命を縮めていた。治験に現れた、余命一週間と見られた猫が、この薬の投与でたちまち立ち上がり、以後1年間生存したというエピソードがあった。10年程度という寿命と見られる猫たちが、これだと二倍も三倍も長生きできる見通しが立つ。その後の治験のためにも苦労が続くが、とうとう2026年、治験を終了し、農林水産省に承認申請をするに至る。早ければ、2026年度中に実用化が期待されている。
 しかし、研究の最終段階になった頃、コロナ禍の世の中となる。これで研究費への協力がなくなってしまう。しかしこのことを話したことがインターネットの記事になったとき、世間は猫の薬の可能性に狂喜した。
 本書は、そのときに次々と寄付が集まってくる様子に研究室が沸き立つ場面から始まる。
 あまりに書きすぎたかもしれない。しかし、猫のことを大切に思う人であったら、これはきっと読むべきだ。
 ライターも、実に狡い。前半は、宮崎先生の学生時代の勉強の話が、もたもたと続く。だから後半で猫の本題に入ると、涙腺が崩壊してしまうのであった。
 宮崎徹先生は、勉強について、やはり賢い人であることは分かるが、長崎の島原半島のいわば田舎で、学習塾で教えてもらうような熱のある受験を経験してはいない。どこか運良く合格したような書き方がしてあるし、医学部では怠けることもあり、音楽を本格的にやっていたこともあったという。だが、もちろんそれだけで世の中を渡ることができるとは思えない。才能もあったし、努力も半端なかった。日本最高の高校や大学を経ているのは、確かに運だけでは説明できないだろう。なんとか治せないとされる病気を治せるようにはできないか。特に、一人の患者に治ると嘘をついて最後まで叶わぬ希望を抱かせたことが心に残り、真摯に研究に取り組むようになる。小さな頃から、「のぼせもん」と呼ばれるほど何かに熱中することの多かった子どもが、病気の研究にとことん熱中する人生を送るようになるのだった。
 こうした生い立ちが語られるばかりで、肝腎の猫との関係がなかなか見えてこないように書かれているのだ。そして後半、あることをきっかけに、ぐっと猫の世界に没入することになる。
 地域猫で、ずっと撫でていたあの温もりが私の掌に蘇った。鳴き声も、元気よくボランティアさんの配給するごはんを食べていた姿も、昨日のことのように思い出す。腎臓が悪くなり、次々と息絶えてゆく。確かに、家で飼っている猫ではない。いわばボランティアグループでシェアして面倒をみているようなものである。だから家猫をなくすような悲しさとは、また違うかもしれない。けれども、家猫をなくす悲しみは、もしかすると10年に一度だろう。だが地域猫だと1年に何匹も、こうした別れをしなければならなくなる。比較しても仕方がないが、この腎臓の薬のニュースに拍手するとき、愛猫家の方の拍手に重ねることも許されるのではないだろうか。
 問題は、価格であろう。本書でも触れられていたが、このためには莫大な費用がかかっている。薬の宿命である。確かに寄付は集まった。大学からの補助金が何百万円、何千万円出たという過去から外れて、個人からの寄付だけでは規模がまた違うかもしれい。しかし、一人ひとりが千円、一万円という単位で寄付していることの背景に、宮崎先生は、ひとの「こころ」を確かに感じていた。
 本書は、小学校中学年くらいから読めるように、ふりがなや言い回しも工夫されている。科学的には難しい説明も多いが、図解もされている。子どもたちは、その理論そのものにはなかなか入れないかもしれないが、文章だけでも十分、意味は伝わってくるだろうと思う。まして大人は、とても分かりやすいAIMの説明があるため、報道された記事以上に、この薬の意義というものが理解できるに違いないと思う。かくいう私も、そうだったのである。




Takapan
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