神との関係への確信

チア・シード

詩編108:1-7   


ダビデの詩です。どうやら戦いの気持ちが高揚しているらしいことが、後半から窺えます。今日読むのは前半。武者震いするような情況の中で、詩人は主にある確信を以て詩を始めます。「神よ」と顔を向けて、神との一筋の関係性をしっかりと築いたら、「私の心は確かです」と告白します。迷いはありません。心は一つに定まっています。
 
心が二つに割れることは、新約の中でも警戒されていましたが、旧約の中では、そもそも主への心が割れるというようなことは、考えられませんでした。あったのは、主と他の神との間での動きです。それが新約では、主を信じていると口では言いながら、心が実は二つに割れているという姿として明らかにされたのでした。
 
イスラエルの信仰が、外部へ拡がっていったときに、そうなったのかもしれません。しかし、ダビデの前には、ひたすら主へと向かう心があれば、それでよいのでした。その代わり、純粋な主への思いと、主との結びつきというものは、ダビデに於いて、やはり突出したものを見せていました。この純朴な信仰は、一つひとつの言葉に現れていきます。
 
ダビデらしく、歌うことで主を褒め称えるのですが、多くの楽器に彩られて、賛美の声が高らかに響きます。天をすら超えて、主の慈しみや恵みがここへ及びます。高く主がいませば、それだけ遠くにも、全世界にも、主の栄光が届き、満たされます。小さな領域に閉じ込められない神の力を信頼していることが、よく伝わってきます。
 
そこへ、我を助けよ、との叫びをぶつけます。主が愛する人々、主を愛する人々を助け、救うことが、あなたのなさること。そう呼びかけたのは、もちろんこの私を助けてくださいということであり、いま私に応えてくださいという叫びです。自己中心であるかのようですが、自分と神との強い関係にすがるダビデの信仰を、ひしひしと感じます。


Takapan
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