ルカ伝の目録
チア・シード
ルカ2:22-40
清めの期間は、恐らく40日。ベツレヘムからエルサレムまでは9kmほど。けれどもこの40日という日数を考えると、ずっとそこにいたのか、それとも一旦ガリラヤに戻ったのか、分からなくなります。エルサレムからガリラヤまでは120kmほどもあるのです。ただ、親子は律法の定めを終えたためナザレに帰ったといいます。それまで帰っていないのです。
ベツレヘムかエルサレム、またはその近くに40日間いたのです。エリサベトのところなのかもしれません。産婦の汚れという規定もあります。むやみに外出はできなかったことでしょう。こうして、自分の家から遙か離れて出産した場合、生活が成り行かなくなってしまいます。ヨセフだけはガリラヤのナザレに単身戻っていたのかもしれません。
そして40日目の規定のときに、ヨセフは再びマリアと子の元に来た、という推理はどうでしょうか。これはお宮参りのようなものでしたが、主の神殿における、神の民としての生活規定でありました。信仰に於いて、社会的義務において、必要な儀式でした。そこにシメオンが登場します。如何にも待ち構えていたかのように、現れるのです。
子の誕生にまつわる儀式のための役割を、シメオンは担っていたかのようです。女預言者アンナにしても、この儀式に当然のように関わる人物だったのではないでしょうか。奇妙な想像かもしれませんから、どうか信用なさいませんように。私たちは、あまりにもこの二人の言動だけに囚われて、こうした点には気を払ってきませんでした。
確かにここには預言があります。この先のイエスの使命と運命が、福音書の初めに、幼子の誕生の場面でもう定められ、読者に告げ知らされていたということになります。ということは、これはこれからルカが描く福音書の道筋を予告するものであり、いわばルカ伝の目録がここに示されていたということです。これを頭に置いて、先を読め、と。
主の律法で定められたことを、親はみな終えます。社会的に認知されました。父親は聖霊だという特殊な事情はたぶん人には知られていません。主の律法に違うようなものは一つとしてなく、旧約聖書の一つの成就がここに成立しました。それはキリストの生涯のプロローグとして、この上もなく相応しいことなのでありました。