警戒を忘れず祈れ

チア・シード

ルカ21:34-36   


「心が鈍くならないように注意しなさい」とのイエスの忠告が出されます。この「心」は、心臓を意味する言葉です。新約聖書に800回以上使われているといいますが、心臓という意味で使われていることは一度もないそうです。すべて比喩的に、人間の考えと気持ち、つまり思考と感情の座を表しています。日本語の「心」が相応しいと思います。
 
但し、身体の中央に心臓が位置していますから、人間の中心というニュアンスが伴うこともあります。人間の中心が鈍くならないように、とのことですが、この鈍いという言葉も要注意です。重責から圧迫されたり、負担を覚えたりすることをいうようです。重荷をわざわざ負うな、と読んでみましょうか。要するに酒、深酒がそれをもたらすというのです。
 
そこへ「その日」が突如として襲ってくるのだ、とイエスは警告します。まるで「罠」です。「その日」とは主が再び現れる裁きの日です。「その日」のことは、この章の初めの方から語られてきました。マルコ伝にもありましたが、小黙示録とも呼ばれる終末の風景が、イエスの口から語られてきました。エルサレム神殿崩壊も予告されています。
 
恐らくルカ伝を読む人は、すでにエルサレム神殿が破壊された事実を知っています。現実の様を見せるので、説得力があったことでしょう。イエスは「惑わされないように気をつけなさい」(21:8)と注意を促しながら、終末の風景を鮮やかに告げます。そして、エルサレムの滅亡や人の子の再臨をありありと語りました。怖いほどの情景です。
 
また、いちじくの木を例に出して、この兆候を悟ることの大切さを諭しました。この背景に於ける「心が鈍くならないように」なのでした。酒で余計な重荷を負わぬようにし、これらの災いを逃れて、「人の子の前に立つことができるように、いつも目を覚まして祈っていなさい」と結ぶのです。いつも警戒を忘れず、いつも祈れ。それが結論でした。


Takapan
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