ダニエルには霊が宿っていた
チア・シード
ダニエル6:1-5
裁きを受けたという聖書喜捨の理解から、ベルシャツァル王は殺されます。次は、すでに62歳であったメディア人ダレイオスが王位に就いたとしています。直ちに改革を行われます。制度改革はまず120人の総督配置から始まります。そしてその上に置いた3人の大臣、その一人がダニエルであったというわけです。
このあたり、いま分かっている歴史的事実と合致するのかしないのか、定かではありません。私たちは、旧約聖書の中でも後期に成立したこダニエル書が、言わんとしていることに気を使いながら見ていくことにします。王は損失を被らないようにするために大臣を定めたというので、中でもダニエルの使命は政治の立て直しであったのではないかと思われます。
とくにダニエルはトップの役割を果たしていたと記録されていますが、それは霊のためであると聖書は評価しています。王の信頼が厚く、ダニエル一人がリードしてよいとまで考えていた様子。これは妬まれるに十分な背景でした。他の政治家たちは、ダニエルを政治的スキャンダルに招く失脚させることを企みましたが、それは成功しませんでした。
ダニエルは欠点がなかったというのです。今回はこれで終わりです。見ると、ダニエルは何もしていません。この後、ライオンの穴に入れられるスキャンダルに陥りますが、そのときまでダニエルは物語の中で全く何もしません。ただ神に祈っていた。そのほかに政治的に何かやって問題があったなどということは、全くないのです。
いわば信仰レベルのみで訴えられているわけです。何もしないのにダニエルは妬まれました。妬まれるほどにただ存在しているだけで力を示していました。存在感がありました。優れた霊が宿っていたからだといいます。人に必要なことは、小手先の業ではありません。霊が宿っているか。聖い霊に動かされているかどうか。これなのです。