取り去られる様を目撃する

チア・シード

列王記下2:6-14   


エリヤが去ることが、エリシャには分かっていました。ここに留まっていよ、とエリヤに言われても「私はあなたを離れません」と二度まで言い、エリシャはエリヤについて行きました。預言者の仲間たち50人も合流しました。但し、ヨルダン川のほとりで2人が立ち止まったとき、50人は「遠く離れて立ち止まった」ままでした。
 
ここから先の出来事を、50人がどこまで目撃したか、はっきりしません。エリヤが消えたことは認識していますが、「火の戦車と火の馬」が現れて、エリヤが「つむじ風の中を天に上って行った」ところは、ヨルダン川を渡って行ったエリシャだけしか見ていない可能性もあります。それでいて「主の霊が彼を運び去」(16)ったことは知っています。
 
その前に、まずエリヤは、外套を丸めてヨルダン川の水を打ちます。水が左右に分かれます。この現象は、モーセが葦の海を二つに分けてエジプト軍から逃れたことを思い起こさせます。「二人は乾いた所を渡って行った」といいますが、川底がそうすぐに乾ききるようには思えません。この辺りは、表現上の問題なのかもしれません。
 
エリヤはエリシャに、最後の願いを訊きます。エリヤの覚悟を感じます。ここへ来て、エリヤの態度は勇ましくなります。エリシャはエリヤに、「霊の二倍の分け前」求めますが、その意味は、相続規定に関するもので、決められた以上の財産を欲しい、ということですから、エリヤの霊的な能力を余すところなく求めていることになります。
 
エリヤは、それは「難しい願い」だと評しますが、これから自分が「あなたのもとから取り去られるのを見るならば、そのようになるであろう」と説きます。果たしてエリシャは、この言葉をしっかりと受け止めます。「火の戦車と火の馬が二人の間を隔て、エリヤはつむじ風の中を天に上って行った」のは、二人がまだ話をしている最中でした。
 
エリシャは「わが父よ、わが父よ、イスラエルの戦車よ、その騎兵よ」と叫びます。エリヤはイスラエルの強大な戦力であったことを告白しています。特にその「騎兵」がエリヤであるなら、「父」はやはり神でしょうか。私たちはイエスが取り去られたことと重ねて見ています。もはやエリヤは見えませんが、父を呼ぶイエスの姿を見るような思いです。


Takapan
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