王家の終末を見届ける
チア・シード
列王記下1:1-17
南ユダと北イスラエルの間が、つねに穏やかであったわけではありません。むしろ敵対することがしばしばありました。しかし、アラムという共通の敵がいると、手を組むことは容易です。ユダの王ヨシャファトに同盟をもちかけたアハブ王は、変装をして、敵の目には王だと分からない恰好をするという、狡い作戦を実行しました。
それなのに、偶然の矢に当たり、あっけなく死んでしまいました。葬りには犬と遊女が関わったというので、エリヤの預言の通りになったわけです。エリヤは、アハブの悔い改めに対して寛恕の心を示していましたが、その罰はその子アハズヤに存分にもたらされることは預言していました。それは残酷な仕打ちを、与えるという意味ではありませんでした。
間もなくアハブの血筋を絶やし、王家を他の家に移すということでした。アハズヤの統治は「二年間」(列王記上22:52)に過ぎなかったことがすでに明らかにされていました。ヤロブアムの道を歩み、バアルに仕えたこともそこには触れられています。アハブ王は政治的には有能で、モアブもその存命中は逆らうことができなかったようです。
けれどもいざアハブがいなくなると、態度が変わったのでした。ところでアハズヤが事故から障害を負ったときには、バアル・ゼブブに癒やしを願ったことで、エリヤは主の言葉を受け、アハズヤの使いの者たちに、寝たきりのままで王は死ぬだろうと告げました。アハズヤはそれをエリヤだと認識すると、五十人隊をエリヤの許に送ります。
直接書かれてはいませんが、悪意を伴うものであったのではないか、と私は推測します。「神の人」と呼びかけはしますが、エリヤはその偽りを見抜いていたのでしょう。「私が神の人であれば、天から火が降り、あなたと部下五十人を焼き尽くすであろう」と宣言すると、果たしてその通りになりました。こうしたことは繰り返されます。
犠牲者が増す中で、三度目には、エリヤは命乞いを受けます。それでエリヤも頼みを訊いて、アハズヤ王に会いに行きます。そして直接、寝たきりのまま亡くなるであろうことを突きつけます。その死を見届けると、預言者の職務をすべてエリシャに譲ります。継いだヨラム王で、本当にアハブ家は終末を迎えます。エリシャがそれを見届けました。