軍備のためなら何でもする

チア・シード

サムエル上8:4-18   


祭司エリもそうでしたが、預言者サムエルも、二人の息子たちの教育には失敗しました。ダビデ王ですら同様でした。職務を息子に継がせるのが常態であったことでしょうが、ダビデを除いてそれは成りませんでした。但し主の僕ダビデの故にその血統は守られましたが、継いだソロモンも信仰で失策し、王国は南北に分裂してしまうのでした。
 
サムエルの場合は、その王国を立てさせた人々が、サムエルの息子たちに預言者として指導することを許されませんでした。「我々を裁く王を立ててください」とサムエルに詰め寄ります。サムエルの目に、これは悪と映ったといいます。サムエル記では、これが宗教的な動機によるものであるかのように記されています。
 
しかしもちろんそれは、もっと政治的な理由があったはずです。当時はイスラエルにとり、ペリシテ人が厄介な存在でした。イスラエル共同体を支配しようとするものは、遠方の大国というよりも、近くの海辺の民でした。海洋文化を基とし、鉄文明を掌握していたようです。そのペリシテ人が、イスラエルの悩みの種だったのです。
 
これに対抗するには、強力な軍、可能なら常備軍が望ましいと国民は願いました。国防のためには軍が必要。このはるか昔の発想は、現代でも何も変わってはいません。悪を図る人間の様態は、少しも変わっていませんし、悪に対しては、力で向き合わなければならない、というのです。防衛費が拡大します。若者が徴兵されます。
 
収入の多くが戦争のための税として巻き上げられてゆくでしょう。サムエルが主から受けたこういう警告を民に伝えましたが、民はそれを認めてなお、そのすべてを受け容れて、ペリシテ人の脅威のために軍を求めました。いまで言うよりもっと、「王」という存在は、ただの権力者ではなくて、闘う軍の大将であったわけです。
 
主は、その背後にある宗教的な問題を見抜いていました。「彼らをエジプトから導き上ったその日から今日に至るまで、彼らのすることといえば、私を捨てて、他の神々に仕えることであった」のです。軍を率いる王を立てればいい。民衆はそれに仕える奴隷となってもいい。それは深い意味で、偶像崇拝と呼んで然るべきものに違いないのです。


Takapan
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