◆加害者は加害者

 2004年10月25日に、タレントの島田紳助(本名・長谷川公彦)が、同じ吉本興業に属する女性社員に暴力をはたらいたという。
 報道によると女性は、「拳で頭を4、5発殴られたほか、髪の毛をつかまれて頭を壁に打ち付けられたり、顔につばを吐きかけられたりした」(アサヒ・コム)のだそうだ。
 被害者は28日、大阪府警大淀署に傷害容疑で告訴状を出した。これを受けて、加害者島田紳助当人が同日、記者会見を開いた。「僕の中のゆがんだ正義で手を上げてしまったが、僕が完全に間違っていました」(毎日新聞)と泣き、会って謝りたいと言ったそうだ。
 意地悪な言い方をしよう。加害者の言い分には、真実の反省も隠れているとは思うが、告訴取り下げを願っての演出があるのではないか。
 泣くというのが、その理由の一つである。泣く必要などない。涙を流したのではなさそうである。泣いたのである。
 もう一つの理由は、「ゆがんだ正義」という言葉である。たしかに加害者は、「100%ぼくが悪い」とも言っている。だが、敬語の方法である身内に敬称をつけぬことを実行しただけの女性社員を、一方的に無礼だと決めつけ、その上殴ったり唾を吐きかけたりしたことには、「正義」のかけらもない。ついでに、「ゆがんだ」ものでもない。加害者の行為は、「真っ直ぐな」暴力そのものなのである。
 メディアを使って、言いたい放題言うことができ、しかも周りがそれを許しているという状況の中で、このタレントのもつ権力は、被害者の立場とは完全に異なる。被害者は、告訴という形をとることくらいしかできない。それに対して、加害者は、泣き落としを全国に放映させることができるだけでも恵まれている。さらに10日間の謹慎が解ければ、またテレビで自由な発言をして皆に指示されていると勘違いするのである。
 具合の悪いことに、法律を扱う番組の司会進行を担当して、法律とはどういうものかを面白おかしく伝える仕事を、このタレントは行っている。法律の何たるかを知らない人間ではないのである。
 吉本興業は10日間の謹慎処分にしている。甘くないか。タレントのもつ絶大な力を過小に見ている。被害者の女性は、逆にタレントを告訴し謹慎させた非情な人間のように見られがちな立場にあるのだ。要するにたんなる加害者なのであるから、加害者として被害者を宥めることに専念させなければならないのではないか。
 それより先に、メディアを通じて泣き落としで、全国のお笑いファンを、加害者の味方につけようとした――私は、そのくらい強く言う。被害者を守るためだ。
つぶやきの カ・ケ・ラ


つぶやきのカ・ケ・ラにもどります

たかぱんワイドのトップページにもどります