本

『図説 地震と人間の歴史』

ホンとの本

『図説 地震と人間の歴史』
アンドルー・ロビンソン
鎌田浩毅監修・柴田譲治訳
原書房
\2400+
2013.11.

 最近「図説」と冠のつく一般書が多い。パワーポイントばりの、図形と矢印、かんたんに人物像を並べることにより、ものごとをすっきり読者に理解させるという手法である。これに慣れたために、読者は文で思考することなく、直感的に項目と関係とだけを感じるようにすらなてしまったようにさえ見える。
 この本にもその言葉が付いている。これはどうも原書にはないようだ。ということは、監修者がそう付けたいと思ったか、あるいは出版社の事情だろうか。というのは、この本にいてよくあるような「図説」を期待すると失望するからだ。たしかに地震の被害などの写真が時折載っている。旧い時代のものについては、絵画である。だが、説明じみた矢印のようなものはとんと見当たらず、解説図にあたるものも数えるほどしかない。最近の傾向と比するならば、「図説」になっていないのである。
 しかし、それがこの本の価値を下げるということはない。丁寧に調べられるレポートは、ひじょうに読みやすい。学術的でなく、ジャーナリスティックな書きぶりであり、読み物として十分読ませる魅力をもっていると言えるからだ。
 そう。これは数式や科学的説明を重ねて地震を捉えようとする試みでもなければ、記録でもない。まずは、著者がイギリスで感じた小さな地震から始まるときている。だからそれがどうした、と私たち日本人は思うかもしれない。だが、著者は驚いていた。イギリスでは半世紀ほど、地震を覚えたことがなかったというのだ。私たちがサソリに刺されるくらい確率の低い出来事だったのだろう。
 西洋人にとり、地震というのは、ポンペイのような悲惨な被害をイメージするのだろうか。しかしそれは火山活動の災害だったのだろう。やはり地震とすれば、1755年のリスボン地震が顕著であろう。なにしろ、世界の覇者たるポルトガルが完全に没落していったのだ。首都が壊滅し、まともに復興できなかったのだ。
 こうした地震の影響というものは、歴史の学習の中で出てくることはまずない。リスボン地震のことは、現代にも大いに検討の価値のあることだと個人的に思うけれども、テストには出ない。国の運命を変え、世界史を変えたと言ってもよいくらいなのに、知られることも少ないほどだ。また、大きな出来事としては認識されていないかのように見える。だが、それでよいのだろうか。
 日本でもそうだ。安政の連続した地震は、外国船の到来と開国を迫る中で、少なからぬ影響を与えたはずである。東日本大震災の後も経済的なショックがあったはずであるが、大坂なり江戸なりがダメージを受けたとなると、弱体化した幕府は立ち直る機会すら逸することになりはしなかったか。犠牲者は阪神淡路大震災より多かったことは確実とされているのだ。
 本書は、東日本大震災も踏まえて著述されている。また、1923年の関東大震災についても詳しく調べられている。地震の測定法から、プレートの問題も適切に解説する。しかし、これは予防というか、何らかの形で地震の発生を予測すことへと関心を向けていく必要もあるとする。また、地震というものは起こりうるものである、という前提のもとで、心がまえなり対策なりを立てておかなければならないはずである。本文は、自分も部屋に積んでいる本をどうにかしなければならない、と幾分ユーモアを交えて終わっているが、決してそれはジョークではないのである。
 難しい数式などで読者を惑わすことはしない。著者は、一定の知識さえあれば十二分に分かるように、地震についてあらゆる角度から情報を提供する。それを受け取るために読者は苦労を強いられることはない。自然科学に通じた著者だが、これをこれほどにも分かりやすく示す能力というのは、並々ならぬものである。「人と自然と地球」というシリーズの一冊であるが、他の分野のものも期待できる。楽しみだ。




Takapan
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