本

『図で考えれば文章がうまくなる』

ホンとの本

『図で考えれば文章がうまくなる』
久恒啓一
PHP研究所
\1155
2005.9

 文章読本の類は、それなりによく読まれる。売れる。今また、私も図書館でだが手を出した。図解文章法なるものを紹介するのだそうだ。
 従来の様々な文章上達法を比較検討し、それらを構造的に分析しようとしたのは、面白い。冷静に見つめれば、谷崎潤一郎や清水幾太郎、木下是雄、本田勝一、そして野口悠紀雄といったよく知られる文章読本は、それぞれ目指しているものや重要だと指摘しているものが、微妙に、あるいははっきり異なる。これを説明していくというのは、明快であった。ただ、本当にそうなのかどうか、この程度の比較検討では十分検証したのかどうかは分からない。
 要するに、自分の掲げる「図解文章法」なるものがいかにユニークであり、それらとは異なって効果的であるのか、を伝えたいための前置きなのである。それなら、もっと図解文章法について説明を多く施しても良さそうなものだが、従来との相違点は、確かに理解の助けにはなるであろう。
 しかし、本の中盤が、ただこの図解とそこから出来上がった文章の羅列に終始しているというのはどうなのか。
 見るからに、パワーポイント張りの、丸と四角の中に短い文字が入ったものが、矢印で結ばれているだけの、図解である。これを描けば自然と文章ができてくる、というのだ。ところが、この図そのものをどのようにして描いていくのか、という説明が、無いに等しい。これだけの図を描くためには、相当な訓練に基づく情報整理の技術が必要であり、またどこからか沸き起こる発想法やひらめきといったのが基底にあるように思われる。そもそも、誰もがそのような図が描けないからこそ、悩んでいるものである。
 学生たちは驚くほど、文章が書けるようになったと喜んでいるのだそうだ。それは驚きである。おそらく、この本に描かれていないような指導を、当然受けているものだと思われる。たしかに千円と一寸で、文章と図が自由に操れる技術を習得しようというのは、考えが甘いのかもしれない。しかし、多分に私たちは、この図をどのように手立てで描くことができるのか、のほうが知りたい。誰でも気軽に図が描けるというのであれば、すでにすべてのビジネスマンがいとも簡単に、パワーポイントをプロ級に活用できているはずだからである。
 さらに、疑問がある。これらの図解は、いずれも平面的な図である。物事の関係や発想が、果たして平面的な関係で捉えられうるものであろうか。図で表現しようと思案するならば、もっと立体的な構造で捉えられるということも、あるのではないか。
 平面の関係では、並立や対立、単純な因果関係と包含関係などしか表現できない。すべての事柄が、こうした関係でのみ整理されるというのだろうか。むしろ、そうした関係を超えたところに、新しい発想が生まれたり、解決が見出されたりするのではないのだろうか。そんな超越は論理ではない、とお叱りを受けるかもしれないが、平面的でない論理などありえない、と決めるほうが、論理的ではないという可能性もある。
 ビジネスマンのオリエンテーションには役立つだろう。だが、これまでの文章読本を超克したというほどのアイディアではないような気がする。




Takapan
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