本

『大雑学4 お天気のミステリー』

ホンとの本

『大雑学4 お天気のミステリー』
日本雑学研究会
毎日新聞社
\1050
2004.12

 頁狭しと、沢山の情報が詰まっている。お天気についても、これでもかというほど、多くの知識を与えてくれる。1項目が1〜2頁で解説されるのだから、これくらいぎゅうぎゅうに有用な知識が集まってくると、それを読み理解するだけでも、多少の知識が前提される。中学の理科程度の知識は、必要なものなのだとつくづく感じる。
 とはいえ、化学式や理科年表が広げられるわけではないので、よく読めばたいへん分かりやすい説明が施されている。自分が多くを知っているばかりでなく、それを人々に伝えるというのは、難しい技術なのだと改めて思う。
 そもそも、天気は科学的に捉えにくい現象である。流体力学などの成果を得ても、世界には影響を与える要素があまりに多すぎる。天気予報が当たらないとぼやくのは私たち素人の特権だが、むしろ当たるほうが不思議なくらいかもしれない。それでも、予報の的中率は確実に上がってきているというから、驚きである。85%というその率は、見事ではないだろうか。
 ただ一つ、どうだろうかと思った項目はある。34頁で、尾崎紅葉が『金色夜叉』の中で、「来年の今日になると、月の形は変わることを知らなかったのだろうか」として、来年の同じ日に月の形が違うことの説明が施されてある。
 原文では「吁(ああ)、宮(みい)さんかうして二人が一処に居るのも今夜ぎりだ。お前が僕の介抱をしてくれるのも今夜ぎり、僕がお前に物を言ふのも今夜ぎりだよ。一月の十七日、宮さん、善く覚えてお置き。来年の今月今夜は、貫一は何処(どこ)でこの月を見るのだか! 再来年(さらいねん)の今月今夜……十年後(のち)の今月今夜……一生を通して僕は今月今夜を忘れん、忘れるものか、死んでも僕は忘れんよ! 可いか、宮さん、一月の十七日だ。来年の今月今夜になつたならば、僕の涙で必ず月は曇らして見せるから、月が……月が……月が……曇つたらば、宮さん、貫一は何処かでお前を恨んで、今夜のやうに泣いてゐると思つてくれ」(青空文庫)とある。
 別の本で、この時期確かに太陽暦ではあったが、生活の中で生きていた太陰暦で考えているから、太陰暦では月の周期で一月が刻まれるゆえ、同じ月の形なのだと説明してあるのを見たことがある。私はさもありなんと思ったのだが、どうなのだろうか。




Takapan
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